うひ山ぶみ / 注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり
哥といふものの本意にたがひて、さらに雅の趣にはあらざもそもそも道統傳來のすぢを、重くいみしき事にするは、もと佛家のならひよりうつりて、宋儒の流なども然也、佛家には、諸宗おのおの、わが宗のよゝの祖師の說をば、よきあしきをえらぶことなく、あしきことあるをも、おしてよしと定めて尊信し、それにたがへる他の說をば、よくても用ひざるならひなるが、近世の神學者哥人などのならひも、全くこれより出たるもの也、さるは神學者哥人のみにもあらず、中昔よりこなた、もろもろの藝道なども、同じ事にて、いと愚なる世のならはしなり、たとひいかほど傳來はよくても、その敎よろしからず、そのわざつたなくては、用ひがたし、其中に諸藝などは、そのわざによりては、傳來を重んずべきよしもあれども、學問や哥などは、さらにそれによることにあらず、古ヘの集共を見ても知べし、その作者の家すぢ傳來には、さらにかゝはることなく、誰にもあれ、ひろくよき哥をとれり、されば定家卿の敎ヘにも、
新字:歌といふものの本意にたがひて、さらに雅の趣にはあらざもそもそも道統伝来のすぢを、重くいみしき事にするは、もと仏家のならひよりうつりて、宋儒の流なども然也、仏家には、諸宗おのおの、わが宗のよゝの祖師の説をば、よきあしきをえらぶことなく、あしきことあるをも、おしてよしと定めて尊信し、それにたがへる他の説をば、よくても用ひざるならひなるが、近世の神学者歌人などのならひも、全くこれより出たるもの也、さるは神学者歌人のみにもあらず、中昔よりこなた、もろもろの芸道なども、同じ事にて、いと愚なる世のならはしなり、たとひいかほど伝来はよくても、その教よろしからず、そのわざつたなくては、用ひがたし、其中に諸芸などは、そのわざによりては、伝来を重んずべきよしもあれども、学問や歌などは、さらにそれによることにあらず、古ヘの集共を見ても知べし、その作者の家すぢ伝来には、さらにかゝはることなく、誰にもあれ、ひろくよき歌をとれり、されば定家卿の教ヘにも、
書き下し
歌といふものの本意にたがひて、さらに雅の趣にはあらざる也、そもそも道統伝来のすぢを、重くいみしき事にするは、もと仏家のならひよりうつりて、宋儒の流なども然也、仏家には、諸宗おのおの、わが宗のよゝの祖師の説をば、よきあしきをえらぶことなく、あしきことあるをも、おしてよしと定めて尊信し、それにたがへる他の説をば、よくても用ひざるならひなるが、近世の神学者歌人などのならひも、全くこれより出たるもの也、さるは神学者歌人のみにもあらず、中昔よりこなた、もろもろの芸道なども、同じ事にて、いと愚なる世のならはしなり、たとひいかほど伝来はよくても、その教よろしからず、そのわざつたなくては、用ひがたし、其中に諸芸などは、そのわざによりては、伝来を重んずべきよしもあれども、学問や歌などは、さらにそれによることにあらず、古ヘの集共を見ても知べし、その作者の家すぢ伝来には、さらにかゝはることなく、誰にもあれ、ひろくよき歌をとれり、されば定家卿の教ヘにも、
現代語訳
歌というものの本意に違って、まったく雅の趣ではない。そもそも道統・伝来の筋を重くたいそうなことにするのは、もと仏家の習いから移ってきたもので、宋儒の流派などもそうである。仏家では諸宗がそれぞれ、自分の宗の代々の祖師の説を、良し悪しを選ぶことなく、悪いところがあっても押して良いと定めて尊信し、それに違う他の説は、良くても用いない習いであるが、近世の神学者や歌人などの習いも、まったくここから出たものである。それは神学者や歌人だけでもなく、中昔からこちら、もろもろの芸道なども同じことであって、たいへん愚かな世の習わしである。たとえどれほど伝来は良くても、その教えがよろしくなく、その技が拙くては用いがたい。その中で諸芸などは、その技によっては伝来を重んずべき理由もあるが、学問や歌などは決してそれによることではない。古の集どもを見ても知るべきである。その作者の家筋や伝来にはまったくかかわることなく、誰であっても広く良い歌を取っている。だから定家卿の教えにも、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
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言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
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論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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