人物志 / 體別
夫學所以成材也,疏所以推情也;偏材之性,不可移轉矣。
新字:夫学所以成材也,疏所以推情也;偏材之性,不可移転矣。
書き下し
夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
現代語訳
そもそも学問は才能を育てる手段であり、対話や指摘は感情を推し量り導く手段である。しかし偏った資質そのものの本質は、変えることができない。
解説
学問は才能を育てる手段になりうるが、生まれ持った偏った資質そのものを根本から変えることはできない。人物志はこの限界を率直に認める。自己改善という言葉は前向きに響くが、性質のすべてを作り変えようとするのは現実的ではない。変えられる部分と変えられない部分を見極め、後者は受け入れたうえで活かし方を工夫する方が、無理のない道である。

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学問偏材本質
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