うひ山ぶみ / 注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり
ひたすらによき物とかたくこゝろえ、傳來なき人のは、哥も敎ヘも、用ひがたきものとし、又古ヘの人の哥及び其家の宗匠の哥などをば、よきあしきを考へ見ることもなく、たゞ及ばぬこととして、ひたぶるに仰ぎ尊み、他門の人の哥といへば、いかほどよくても、これをとらず、心をとゞめて見んともせず、すべて己が學ぶ家の法度掟を、ひたすらに神の掟の如く思ひて、動くことなく、これをかたく守ることをのみ詮とするから、その敎ヘ法度にくゝられて、いたくなづめる故に、よみ出る哥みなすべて、詞のつゞけざまも、一首のすがたも、近世風又一トやうに定まりたる如くにて、わろきくせ多く、其さまいやしく窮屈にして、たとへば手も足もしばりつけられたるものの、うごくことかなはざるがごとく、いとくるしくわびしげに見えて、いさゝかもゆたかにのびらかなるところはなきを、みづからかへり見ることなく、たゞそれをよき事と、かたくおぼえたるは、いといと固陋にして、つたなく愚なること、いはんかたなし、かくのごとくにては、
新字:ひたすらによき物とかたくこゝろえ、伝来なき人のは、歌も教ヘも、用ひがたきものとし、又古ヘの人の歌及び其家の宗匠の歌などをば、よきあしきを考へ見ることもなく、たゞ及ばぬこととして、ひたぶるに仰ぎ尊み、他門の人の歌といへば、いかほどよくても、これをとらず、心をとゞめて見んともせず、すべて己が学ぶ家の法度掟を、ひたすらに神の掟の如く思ひて、動くことなく、これをかたく守ることをのみ詮とするから、その教ヘ法度にくゝられて、いたくなづめる故に、よみ出る歌みなすべて、詞のつゞけざまも、一首のすがたも、近世風又一トやうに定まりたる如くにて、わろきくせ多く、其さまいやしく窮屈にして、たとへば手も足もしばりつけられたるものの、うごくことかなはざるがごとく、いとくるしくわびしげに見えて、いさゝかもゆたかにのびらかなるところはなきを、みづからかへり見ることなく、たゞそれをよき事と、かたくおぼえたるは、いといと固陋にして、つたなく愚なること、いはんかたなし、かくのごとくにては、
書き下し
ひたすらによき物とかたくこゝろえ、伝来なき人のは、歌も教ヘも、用ひがたきものとし、又古ヘの人の歌及び其家の宗匠の歌などをば、よきあしきを考へ見ることもなく、たゞ及ばぬこととして、ひたぶるに仰ぎ尊み、他門の人の歌といへば、いかほどよくても、これをとらず、心をとゞめて見んともせず、すべて己が学ぶ家の法度掟を、ひたすらに神の掟の如く思ひて、動くことなく、これをかたく守ることをのみ詮とするから、その教ヘ法度にくゝられて、いたくなづめる故に、よみ出る歌みなすべて、詞のつゞけざまも、一首のすがたも、近世風又一トやうに定まりたる如くにて、わろきくせ多く、其さまいやしく窮屈にして、たとへば手も足もしばりつけられたるものの、うごくことかなはざるがごとく、いとくるしくわびしげに見えて、いさゝかもゆたかにのびらかなるところはなきを、みづからかへり見ることなく、たゞそれをよき事と、かたくおぼえたるは、いといと固陋にして、つたなく愚なること、いはんかたなし、かくのごとくにては、
現代語訳
ひたすら良いものと固く心得、伝来のない人のものは、歌も教えも用いがたいものとし、また古の人の歌やその家の宗匠の歌などを、良し悪しを考えてみることもなく、ただ及ばないこととして、ひたすら仰ぎ尊び、他門の人の歌といえば、どれほど良くてもこれを取らず、心を留めて見ようともせず、総じて自分の学ぶ家の法度や掟を、ひたすら神の掟のように思って、動くことなく、これを固く守ることばかりを要とするから、その教えや法度に括られて、ひどく拘泥するために、詠み出す歌はみなすべて、詞の続け方も一首の姿も、近世風はまた一様に定まったようで、悪い癖が多く、その様子は卑しく窮屈で、たとえば手も足も縛りつけられた者が動くことができないように、たいへん苦しくわびしげに見えて、少しも豊かでのびやかなところはないのを、自分で省みることもなく、ただそれを良い事と固く思い込んでいるのは、たいへん固陋で、拙く愚かなことは言いようがない。このようであっては、
解説
この章句が説くこと
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うひ山ぶみ・注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり歌といふものの本意にたがひて、さらに雅の趣にはあらざる也、そもそも道統伝来のすぢを、重くいみしき事にするは、もと仏家のならひよりうつりて、宋儒の流なども然也、仏家には、諸宗おのおの、わが宗のよゝの祖師の説をば、よきあしきをえらぶことなく、あしきことあるをも、おしてよしと定めて尊信し、それにたがへる他の説をば、よくても用ひざるならひなるが、近世の神学者歌人などのならひも、全くこれより出たるもの也、さるは神学者歌人のみにもあらず、中昔よりこなた、もろもろの芸道なども、同じ事にて、いと愚なる世のならはしなり、たとひいかほど伝来はよくても、その教よろしからず、そのわざつたなくては、用ひがたし、其中に諸芸などは、そのわざによりては、伝来を重んずべきよしもあれども、学問や歌などは、さらにそれによることにあらず、古ヘの集共を見ても知べし、その作者の家すぢ伝来には、さらにかゝはることなく、誰にもあれ、ひろくよき歌をとれり、されば定家卿の教ヘにも、
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うひ山ぶみ・注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり和歌に師匠なしとのたまへるにあらずや、さて又世々の先達の立チおかれたる、くさぐさの法度掟の中には、かならず守るべき事も多く、又中にはいとつたなくして、必ズかゝはるまじきも多きことなるに、ひたぶるに固くこれを守るによりて、返て歌のさまわろくなれることも、近世はおほし、すべて此道の掟は、よきとあしきとをえらびて、守るべき也、ひたすらになづむべきにはあらず、又古人の歌は、みな勝れたる物のごとくこゝろえ、たゞ及ばぬ事とのみ思ひて、そのよしあしを考へ見んともせざるは、いと愚なること也、いにしへの歌といへども、あしきことも多く、歌仙といへども、ことごとに勝れたる物にもあらざれば、たとひ人まろ貫之の歌なりとも、実によき歟あしき歟を、考へ見て、及ばぬまでも、いろいろと評論をつけて見るべき也、すべて歌の善悪を見分る稽古、これに過たる事なし、大に益あること也、然るに近世の歌人のごとく、及ばぬ事とのみ心得居ては、すべて歌の善悪を見分べき眼の、明らかになるよしなくして、みづからの歌も、
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うひ山ぶみ・注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふりよしやあしやをわきまふることあたはず、さやうにていつまでもたゞ、宗匠にのみゆだねもたれてあらんは、いふかひなきわざならずや、すべて近世風の歌人のごとく、何事も愚につたなき学びかたにては、生涯よき歌は出来るものにあらずと知べし、さて又はじめにいへる如く、歌をよむのみにあらず、ふるき集共をはじめて、歌書に見えたる万の事を、解キ明らむる学。
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うひ山ぶみ・注[ノ]又後世風をもすてずしてよくこゝろみ、深く味ひしりて、然いふにはあらず、たゞ一わたりの理にまかせて、万の事、古ヘはよし、後世はわろしと、定めおきて、おしこめてそらづもりにいふのみ也、又古と後世との歌の善悪を、世の治乱盛衰に係ていふも、一わたりの理論にして、事実にはうときこと也、いと上代の歌のごとく、実情のまゝをよみいでばこそ、さることわりもあらめ、後世の歌は、みなつくりまうけてよむことなれば、たとひ治世の人なりとも、あしき風を学びてよまば、其歌あしかるべく、乱世の人にても、よき風をまなばば、其歌などかあしからん、又男ぶり女ぶりのさだも、緊要にあらず、つよき歌よわき歌の事は、別にくはしく論ぜり、大かた此古風と後世と、よしあしの論は、いといと大事にて、さらにたやすくはさだめがたき、子細どもあることなるを、古学のともがら、深きわきまへもなく、かろがろしくたやすげに、これをさだめいふは、甚ダみだりなること也、そもそも古風家の、後世の歌をわろしとするところは、まづ歌は、思ふこゝろをいひのぶるわざなるに、
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うひ山ぶみ・注[ウ]万葉の歌の中にてもさて又歌も文も、同じ古風の中にも、段々有て、いたく古きと、さもあらぬとあれば、詞もつゞけざまも、大抵その全体の程に応ずべきことなるに、今の人のは、全体のほどに応ぜぬ詞をつかふこと多くして、一首一篇の内にも、いたくふるき詞づかひのあるかと見れば、又むげに近き世の詞もまじりなどして、其体混雑せり、すべて古風家の歌は、後世家の、あまり法度にかゝはり過るを、にくむあまりに、たゞ法度にかゝはらぬを、心高くよき事として、そのよみかた、甚ダみだりなり、万葉のころとても、法度といふことこそなけれ、おのづから定まれる則は有て、みだりにはあらざりしを、法度にかゝはらぬを、古ヘと心得るは、大にひがごと也、既に今の世にして、古ヘをまねてよむからは、古ヘのさだまりにかなはぬ事有ては、古風といふ物にはあらず、今の人は、口にはいにしへいにしへと、たけだけしくよばはりながら、古ヘのさだまりを、えわきまへざるゆゑに、古ヘは定まれることはなかりし物と思ふ也、万葉風をよむことは、ちかきほど始まりたることにて、
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うひ山ぶみ・注[ノ]又後世風をもすてずして万葉風のみにては、よみとりがたき事など多き故に、やうやうと後世風の意詞をも、まじへよむほどに、いつしか後世風にちかくなりゆきて、なほをりをりは、ふるめきたる事もまじりて、さすがに全くの後世風にもあらず、しかも又古今集のふりにもあらず、おのづから別に一風なるも多きぞかし、これ古風のみにては、事たらざるところのあるゆゑなり、すべて後世風をもよまではえあらぬよしを、なほいはば、まづ万葉の歌を見るに、やすらかにすがたよきは、其趣いづれもいづれも、似たる事のみ多く、よめる意大抵定まれるが如くにて、或は下ノ句全く同じき歌などもおほく、すべて同じやうなる歌いと多し、まれまれにめづらしき事をよめるは、多くはいやしげにて、歌ざまよろしからず、然るを万葉の後今の世まで、千余年を経たる間ダ、歌よむ人、みなみな万葉風をのみ守りて変ぜずして、しかもよき歌をよまんとせば、皆万葉なる歌の口まねをするやうにのみ出来て、外によむべき事なくして、新タによめる詮なかるべし、されば世々を経て、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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