積小為大は、小さなことが積み重なって大きなことになる、という二宮尊徳の言葉です。だから大事を成したければ小事をおろそかにするな、と続きます。読み方と意味を確かめ、原文にあたり、尊徳がこの言葉の下敷きにした老子と論語まで遡って読んでいきます。

積小為大とは

読み方

積小為大は「せきしょういだい」と読みます。「小を積みて大を為す」と訓読することもできます。

意味

小さいことが積み重なって大きなことになる。だから、大きなことを成し遂げようと思うなら、小さいことをおろそかにしてはいけない——という意味です。

前半だけを取れば「塵も積もれば山となる」と同じですが、積小為大にはだから小事を勤めよという後半がついています。観察ではなく、行動の指針として言われた言葉です。

「積小成大」「積小致大」との違い

検索していると、積小成大、積小致大、積少為大といった表記も見かけます。いずれも同じ趣旨で使われますが、二宮尊徳の言葉としては「積小為大」が定着した形です。四字熟語としても、この形で辞書に載っています。

二宮尊徳の言葉 — 原文と出典

二宮尊徳とはどんな人か

薪を背負って本を読む像で知られる二宮尊徳(金次郎)は、勤勉な学問の人として記憶されています。それも正しいのですが、実像は現代でいえば経営者に近い人物です。

彼が名を挙げたのは、荒れ果てた農村の再建を指導したことによります。数字を押さえ、計画を立て、人を動かし、資金を回す。その考え方と手法は当時としてはきわめて斬新で、いまも多くの経営者に読まれています。

原文・書き下し・現代語訳

翁曰、大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし、小積りて大となればなり、凡小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、出来難き事を憂ひて、出来易き事を勤めず、夫故、終に大なる事をなす事あたはず、夫大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり、譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず、万町の田を耕すも、其業は一鍬づゝの功にあり、千里の道も一歩づゝ歩みて至る、山を作るも一簣の土よりなる事を明かに弁へて、励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし、小さなる事を忽にする者、大なる事は必出来ぬものなり。

現代語訳: 大事を成そうと思うなら、小さなことを怠らず勤めるべきだ。小さなものが積もって大きくなるからである。おおよそ小人の常として、大きなことを望みながら小さなことを怠り、達成しがたいことを憂えて、たやすくできることを勤めない。それゆえ、ついに大事を成し遂げられない。大きなものは小さなものが積もって大きくなる、その道理を知らないからだ。たとえば百万石の米といっても、粒が大きいわけではない。一万町の田を耕すのも、その仕事は一鍬ずつの積み重ねにある。千里の道も一歩ずつ歩んで到達する。山を築くのも一もっこの土から成る——このことをはっきりと弁えて、精を出して小さなことを勤めれば、大事は必ず成る。小さなことをおろそかにする者に、大事は決してできない。

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出典について

この一節は『二宮翁夜話』巻之一に収められています。尊徳の門人・福住正兄が、翁の語ったことを書き留めた書です。尊徳の言行を伝える書としては、同じく門人の富田高慶が著した『報徳記』もよく知られています。

小人の常、というくだり

原文でいちばん厳しいのは、真ん中の一文でしょう。

大なる事を欲して、小さなる事を怠り、出来難き事を憂ひて、出来易き事を勤めず。

大きなことを望みながら小事を怠り、できそうにないことを心配して、すぐできることをやらない。これを尊徳は「小人の常」と呼びました。志が小さいことを責めているのではありません。志は大きいのに手元が動いていない状態を責めています。

尊徳が下敷きにした古典

原文をよく読むと、尊徳は自分の言葉だけで語っていません。二つの古典をそのまま引いています。

千里の道も一歩より — 老子・第六十四章

合抱之木,生於毫末;九層之臺,起於累土;千里之行,始於足下。

書き下し: 合抱の木も毫末より生じ、九層の台も累土より起こり、千里の行も足下より始まる。

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ひと抱えもある木も毛先ほどの芽から生じ、九階建ての台も一盛りの土から起こり、千里の道も足元から始まる。尊徳の「千里の道も一歩づゝ歩みて至る」は、ここから来ています。

なお老子の第六十四章は、この直後に「終わりを慎むこと始めの如くなれば、則ち事を敗ること無し」と続きます。人が事を行うとき、いつも成りかけたところで壊してしまう、と。始めるときの話ではなく、終盤で気を抜くなという話にまで進んでいるのが老子の特徴です。

山を作るも一簣の土より — 論語・子罕篇

子曰:「譬如爲山,未成一簣,止,吾止也!譬如平地,雖覆一簣,進,吾往也!」

書き下し: 子曰く、譬えば山を為るが如し。未だ一簣を成さずして止むも、吾が止むなり。譬えば地を平らかにするが如し。一簣を覆すと雖も、進むは吾が往くなり。

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山を築くとき、あと一かごというところでやめたなら、やめたのは自分である。地をならすとき、たった一かご分を空けただけでも、進んだのは自分である。尊徳の「山を作るも一簣の土よりなる」は、ここから取られています。

孔子がこの譬えで強調しているのは、量ではなく主語です。積むも積まないも、自分が決めている。

積土して山を成す — 荀子・勧学篇

同じ形の言葉は荀子にもあります。

積土成山,風雨興焉;積水成淵,蛟龍生焉;積善成德,而神明自得,聖心備焉。故不積蹞步,無以致千里;不積小流,無以成江海。

書き下し: 土を積みて山を成せば、風雨興り、水を積みて淵を成せば、蛟龍生じ、善を積みて徳を成せば、而ち神明自得して、聖心備わる。故に蹞歩を積まざれば、以て千里に致る無く、小流を積まざれば、以て江海を成す無し。

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荀子はこの後、名馬でも一飛びで十歩は跳べないが、駄馬でも十日走り続ければ同じだけ進む、と続けます。その功績は、途中でやめないことにある、と。

途中でやめれば、井戸を捨てたのと同じ

積み重ねの話には、必ず「どこでやめるか」がついて回ります。孟子の一句が的確です。

孟子曰、有為者、辟若掘井。掘井九軔、而不及泉、猶為棄井也。

書き下し: 孟子曰く、「為す有る者は、辟えば井を掘るが若し。井を掘ること九軔にして、泉に及ばざれば、猶ほ井を棄つると為すなり。」

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九軔まで掘っても、水が出ないからとそこでやめれば、井戸を捨てたのと同じである。掘った深さは残りません。積小為大の裏側にある冷たい事実です。

数字で見る積小為大

一日1%が、一年で三十七倍になる

毎日1%ずつ改善を続けると、一年で約三十七倍になります。複利の効果です。

面白いのは増え方の形です。百円に毎日1%が付く場合、半年(百八十日)経った時点でもまだ五百円程度にしかなりません。ところがそこから急に伸び、一年後には三千七百円を超えます。

同じことが仕事や人生にも起こります。昨日より1%だけ良くしようと動き続けると、一年後には別の場所にいる。ただし、前半はほとんど変化が見えない。ここが難所です。

アップルにも三十年の下積みがあった

すごい事業は一夜にしてできる、と多くの人が思っています。大ヒット商品、ブームに乗った商品、メディアに取り上げられた商品が急に売上を伸ばす。それが成功の姿だ、と。

実際は違います。アップルの企業価値の推移を見ると、創業の1976年から2005年ごろまで、この会社はさして価値がないとみなされていました。三十年の下積みと言ってよい期間です。その間に改善を続け、蓄積が臨界点を超えたところで一気に伸びました。

偉大な事業は革命ではなく進化によってつくられる——そう言った人もいます。成果が見えない時期に進化を止めないこと。そこが分かれ目です。

ビジネスに活かす

習慣をつくる

伸びる会社の中には、小さくて良い習慣(=仕組み)がたくさんあります。挨拶、5Sに代表される職場環境の整備、会議のやり方、計画の立て方、重要指標の設定とチェック。基本的なものから経営の根幹に関わるものまで、会社はこうした習慣で成り立っています。

一つひとつは些細でも、集まれば業績になります。逆に言えば、業績は習慣の総和です。

細部にこだわる

飲食店を思い浮かべてください。食事に行くのですから、料理がおいしいのは絶対条件です。しかしそれだけでは、全体の満足にはなりません。店の清潔さ、スタッフの対応、値段、食器、提供の速さ、椅子の座り心地。料理が百点でも、どれか一つがゼロ点なら、その客はもう来ないでしょう。

高みを目指す経営者は、日常のありふれた細部にまでこだわりを持っている——マイケル・E・ガーバー氏は『はじめの一歩を踏み出そう』でそう書いています。

1%を分解する

自転車競技の国際大会で百年勝てなかったイギリスは、新しいコーチにブレイルズフォード氏を迎え、ツール・ド・フランスで五度優勝するチームに変わりました。

彼がやったのは、競技に関わることを数え切れないほどの要素に分解し、それぞれを1%ずつ改善することでした。

  • チームトラックの床を真っ白に塗り、わずかな埃も見つけられるようにする
  • 選手ごとにカスタムしたマットレスと枕を運び、回復を管理する
  • シートの座り心地を改良し、タイヤにアルコールを塗ってグリップを高める
  • センサーで走行中の筋肉温度をモニターする
  • 外科医を雇い、風邪を引く確率を下げるために手の洗い方を指導させる
  • 風洞実験で素材を試し、より軽く空気抵抗の小さいスーツを使う

もちろん、これだけで優勝したわけではありません。彼はレースに関わるあらゆる細部を1%ずつ改善し、そのやり方をチーム全員に共有して、みんなで探し続ける文化をつくりました。1%の改善を見つけることが、チームの遊びになったのです。

事業も同じように分解できます。一つひとつは大したことがないように見えても、全体では大きく動きます。

時間軸を長く取る

1%のグラフも、アップルの推移も、前半では何も起きていないように見えます。しかし内部では進んでいます。蛹が蝶になるように、竹が地上に出てから急に伸びるように、力は先に溜まっています。だから臨界点を超えると一気に動く。

ここから引き出せるのは、時間軸の取り方です。ソフトバンクグループの孫正義氏は、創業当時に資金が集まらず苦労しましたが、そのころから三百年先を見ていたと言われます。手っ取り早く稼ぎたいと考えていたなら、「この事業はだめそうだ、次を試そう」と早々に切り替えていたでしょう。

いま五年の計画を立てているなら五十年を、十年後のビジョンを描いているなら百年後を。時間軸を伸ばしたうえで、今日の一鍬を入れる。それが積小為大の実践です。

似た言葉

  • 塵も積もれば山となる……小さなものも積もれば大きくなる
  • 雨垂れ石を穿つ……小さな力でも根気よく続ければ成果が出る
  • 点滴石を穿つ……同上
  • 砂長じて巌となる……小石も年月を経れば大きな岩になる

いずれも積み重ねを言いますが、尊徳の言葉だけが「だからやれ」まで踏み込んでいます。観察と指針の差は、思っているより大きいものです。

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