二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし、小積りて大となればなり、凡小人の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、出来難き事を憂ひて、出来易き事を勤めず、夫故、終に大なる事をなす事あたはず、夫大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり、譬ば百万石の米と雖も、粒の大なるにあらず、万町の田を耕すも、其業は一鍬づゝの功にあり、千里の道も一歩づゝ歩みて至る、山を作るも一簣の土よりなる事を明かに弁へて、励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし、小さなる事を忽にする者、大なる事は必出来ぬものなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし、小(しょう)積(つも)りて大となればなり、凡(およそ)小人(しょうじん)の常、大なる事を欲して、小さなる事を怠り、出来難(できがた)き事を憂ひて、出来易(できやす)き事を勤めず、夫故(それゆえ)、終(つい)に大なる事をなす事あたはず、夫(それ)大は小の積(つも)んで大となる事を知らぬ故なり、譬(たと)へば百万石の米と雖(いえど)も、粒の大なるにあらず、万町(まんちょう)の田を耕すも、其(その)業(わざ)は一鍬(ひとくわ)づゝの功にあり、千里の道も一歩づゝ歩みて至る、山を作るも一簣(いっき)の土よりなる事を明かに弁(わきま)へて、励精(れいせい)小さなる事を勤めば、大なる事必(かならず)なるべし、小さなる事を忽(ゆるがせ)にする者、大なる事は必(かならず)出来ぬものなり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。大事を成そうと思うなら、小さなことを怠らず勤めるべきだ。小さなものが積もって大きくなるからである。おおよそ小人の常として、大きなことを望みながら小さなことを怠り、達成しがたいことを憂えて、たやすくできることを勤めない。それゆえ、ついに大事を成し遂げられない。大きなものは小さなものが積もって大きくなる、その道理を知らないからだ。たとえば百万石の米といっても、粒が大きいわけではない。一万町の田を耕すのも、その仕事は一鍬ずつの積み重ねにある。千里の道も一歩ずつ歩んで到達する。山を築くのも一もっこの土から成る――このことをはっきりと弁えて、精を出して小さなことを勤めれば、大事は必ず成るだろう。小さなことをおろそかにする者は、大事は決してできないものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、世の人とかく小事(しょうじ)を厭(いと)ひて大事(だいじ)を欲すれども、本来大は小の積りたるなり、されば小を積んで大をなすの外(ほか)に術(すべ)はなきなり。夫(そ)れ国中(くにじゅう)の田は広太無辺(こうたいむへん)無数なり、然(しか)るに其(その)田地は皆一鍬(ひとくわ)づゝ耕し、一株(ひとかぶ)づゝ植え、一株づゝ刈り取るなり。其田一反(いったん)を耕す鍬の数三万以上なり、其の稲の株数は一万五千内外なるべし、皆一株づゝ植えて、一株づゝ刈るなり。其田より実法(みの)りたる米粒(べいりゅう)一升(いっしょう)の数は六万四千八百余あり、此米を白米にするには、一臼(ひとうす)の杵(きね)の数千五六百以上なり、其手数(てすう)思はざるべけんや。小の勤めざる可(べ)からざる知るべきなり。
-
二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、世の中大も小も限(かぎ)りなし、浦賀港(うらがみなと)にては米を数(かぞ)ふるに、大船にて一艘(いっそう)二艘と云ひ、蔵前(くらまえ)にては三蔵(みくら)四蔵と云ふなり、実に俵(たわら)米は数を為(な)さざるが如し、然れ共、其米大粒なるにあらず、通常の米なり、其粒を数(かぞ)ふれば一升の粒六七万有るべし、されば一握(にぎ)りの米も、其数は無量と云て可なり、まして其米穀の功徳に於てをや、春種を下してより、稲生じ風雨寒暑を凌(しの)ぎて、花咲き実のり、又こきおろして、搗(つ)き上げ白米となすまで、此丹精容易(ようい)ならず実に粒々辛苦なり、其粒々辛苦の米粒を日々無量に食して命を継(つ)ぐ、其功徳、又無量ならずや、能思ふべし、故に人は小々の行を積(つ)むを尊(たっと)むなり、予が日課(にっか)繩索(なわない)の方法の如きは、人々疑(うたが)はずして勤るに進む、是(これ)小を積て大を為せばなり、一房の繩(なわ)にても、一銭の金にても、乞食に施(ほどこ)すの類(るい)にあらず、実に平等利益の正業にして、国家興復の手本なり、大なる事は人の耳(みみ)を驚(おどろか)すのみにして、人々及ばずとして、退(しりぞ)けば詮(せん)無き物なり、縦令(たとい)退かざるも、成功は遂(と)げ難(がた)き物なり、今爰(ここ)に数万金の富者ありといへ共、必ず其祖其先一鍬(いっか)の功よりして、小を積(つ)んで富を致せしに相違なし、大船の帆柱、永代(えいたい)の橋(はし)杭(くい)などの如き、大木といへども一粒の木の実より生じ、幾百年の星霜(せいそう)を経て寒暑風雨の艱難を凌ぎ、日々夜々に精気(せいき)を運(はこ)んで長育せし物なり、而(しか)て昔の木の実のみ長育するにあらず、今の木の実といへ共、又大木となる疑(うたが)ひなし、昔の木の実今の大木、今の木の実後世の大木なる事を、能々(よくよく)弁(わきま)へて、大を羨(うらや)まず小を恥(は)ぢず、速(すみやか)ならん事を欲せず、日夜怠(おこた)らず勤るを肝要とす、「むかし蒔(ま)く木の実大木と成にけり今蒔く木の実後の大木ぞ」。
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、万巻(ばんかん)の書物ありといへども、無学の者に詮(せん)なし、隣家に金貸しありといへども、我に借(か)る力なきを如何(いかん)せん、向ひに米屋ありといへども、銭(ぜに)なければ買ふ事はならぬ也(なり)、されば書物を読(よ)まんと思はゞ、いろはより習ひ初(はじ)むべし、家を興さんと思はゞ、小(しょう)より積(つみ)初むべし、此外(このほか)に術(じゅつ)はあらざるなり。
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、道の行はるるや難し、道の行はれざるや久し。その才ありといへども、その力なき時は行はれず。其才(そのさい)その力ありといへども、其徳(そのとく)なければ又行はれず。其徳ありといへども、その位(くらい)なき時は又行はれず。然れども是は是(これこれ)大道を国天下(くにてんか)に行ふの事なり。その難き勿論(もちろん)なり。然れば何ぞ此人なきを憂(うれ)へんや。何ぞ其位なきを憂へんや。茄子(なす)をならするは茄子作り能(よ)くすべし。馬を肥(こや)すは馬士(まご)能くすべし。一家を斉(ととの)ふるは亭主能くすべし。或(あるい)は兄弟親戚相結んで行ひ、或は朋友同志相結んで行ふべし。人々此道を尽し、家々此道を行ひ、村々此道を行はば、豈(あに)国家興復(こうふく)せざる事あらんや。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、毫厘(ごうりん)の差、千里の違(ちが)ひと云ふ事あり、皆人は譬(たとえ)と思へり。予(よ)利倍帳(りばいちょう)を取調べたる時、二ヶ年目の利子、永(えい)一文の違ひありたれば、百八十年目に至り、一百四十一万九千八百九十五両永貳百九十四文九分五厘の差となれり。実に毫厘千里なり、譬へにはあらず実事(じつじ)なり、恐るべし。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、若き者は、毎日能(よ)く勤めよ、是(これ)我が身に徳を積むなり。怠りなまけるを以て得と思ふは大なる誤なり。徳をつめば天より恵あること眼前なり。今雇人(やといにん)を以て譬(たと)へん、彼の男は能く働きて貞実(ていじつ)なり、来年は我が家に頼むべしといひ、能く勤むれば聟(むこ)に貰ふべしと云ふに至るものなり。是に反する者は、本年は取り極めたれば是非なし、来年は断るべしと云ふ様になるは眼前の事なり。無智短才(むちたんさい)なりとも能く謹み、能く顧み、身に過(あやまち)無き様にすべし。過ちは則(すなわ)ち身の疵(きず)なり。古語に「身体髪膚(しんたいはっぷ)之を父母に受く、敢(あえ)て毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」とあり。人過てば身の疵となる事を知らず、傷さへせざればよしと思ふは違へり。且(かつ)過ちは身の疵なるのみならず、父母兄弟の顔をも汚すなり。慎まざるべけんや。