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玉勝間 / 十四の巻 伊勢国

かくて松坂は、殊によき里にて、里のひろき事は、山田につぎたれど、富る家おほく、江戶に店と云ふ物をかまへ置きて、手代と云ふ物を多くあらせて、商ひせさせて、あるじは、國にのみ居てあそびをり。うはべはさしもあらで、うちうちはいたく豐かにおごりてわたる。すべて此里、町すぢゆがみ正しからず、家なみ惡ろく、一つごとに一尺二尺づつ出入てひとしからず、いといとしどけなし。家居はさしもいかめしからず。されど內內のすまひはいとよし。水は良き所と惡ろき所と有りてひとしからず。川水すくなく潮もささねば、船通はず。山へは、大方一里あまり、海へは、半里あまり、諸國のたよりよし。ことに京江戶大坂はたよりよし。諸國の人の入くる國なれば、いづこへもいづこへも便りよし。人の心は善くもあらず、奢りてまこと少なし。人のかたち、男も女もゐ中びたる事更に無くよろし。女は里のゆたかににぎははしきままにすがたよそひよし。すべてをさをさ京におとれる事無し。人の物云ひは、尾張の國より東の國國はなまり多きを、伊勢は、大かたなまり無し。されど山城大和などとは、何と無く聲いやしく、詞もいやしきこと多し。

新字:かくて松坂は、殊によき里にて、里のひろき事は、山田につぎたれど、富る家おほく、江戸に店と云ふ物をかまへ置きて、手代と云ふ物を多くあらせて、商ひせさせて、あるじは、国にのみ居てあそびをり。うはべはさしもあらで、うちうちはいたく豊かにおごりてわたる。すべて此里、町すぢゆがみ正しからず、家なみ悪ろく、一つごとに一尺二尺づつ出入てひとしからず、いといとしどけなし。家居はさしもいかめしからず。されど内内のすまひはいとよし。水は良き所と悪ろき所と有りてひとしからず。川水すくなく潮もささねば、船通はず。山へは、大方一里あまり、海へは、半里あまり、諸国のたよりよし。ことに京江戸大坂はたよりよし。諸国の人の入くる国なれば、いづこへもいづこへも便りよし。人の心は善くもあらず、奢りてまこと少なし。人のかたち、男も女もゐ中びたる事更に無くよろし。女は里のゆたかににぎははしきままにすがたよそひよし。すべてをさをさ京におとれる事無し。人の物云ひは、尾張の国より東の国国はなまり多きを、伊勢は、大かたなまり無し。されど山城大和などとは、何と無く声いやしく、詞もいやしきこと多し。

書き下し

かくて松坂は、殊によき里にて、里のひろき事は、山田につぎたれど、富める家おおく、江戸に店と云う物をかまえ置きて、手代と云う物を多くあらせて、商いせさせて、あるじは、国にのみ居てあそびおり。うわべはさしもあらで、うちうちはいたく豊かにおごりてわたる。すべてこの里、町すじゆがみ正しからず、家なみ悪ろく、一つごとに一尺二尺ずつ出入りてひとしからず、いといとしどけなし。家居はさしもいかめしからず。されど内々のすまいはいとよし。水は良き所と悪ろき所と有りてひとしからず。川水すくなく潮もささねば、船通わず。山へは、大方一里あまり、海へは、半里あまり、諸国のたよりよし。ことに京江戸大坂はたよりよし。諸国の人の入り来る国なれば、いずこへもいずこへも便りよし。人の心は善くもあらず、奢りてまこと少なし。人のかたち、男も女もいなかびたる事更に無くよろし。女は里のゆたかににぎわわしきままにすがたよそいよし。すべておさおさ京におとれる事無し。人の物云いは、尾張の国より東の国々はなまり多きを、伊勢は、大かたなまり無し。されど山城大和などとは、何と無く声いやしく、詞もいやしきこと多し。

現代語訳

さて松坂は、とりわけよい町で、町の広さは山田に次ぐが、富んだ家が多く、江戸に店というものを構えておいて、手代という者を多く置いて商いをさせ、主人は国元にばかりいて遊んでいる。表向きはそれほどでもないが、内々ではたいそう豊かに贅沢に暮らしている。およそこの町は、町筋が曲がっていて正しくなく、家並みが悪く、一軒ごとに一尺二尺ずつ出入りがあってそろっておらず、たいへんだらしない。住まいはそれほど立派ではない。けれども内々の住まいはたいへんよい。水はよい所と悪い所とがあって一様でない。川の水が少なく潮も差さないので、船が通わない。山へはおおよそ一里余り、海へは半里余りで、諸国への便りがよい。とりわけ京・江戸・大坂への便りはよい。諸国の人が入って来る国なので、どこへでも便りがよい。人の心は善くもなく、贅沢で誠実さが少ない。人の姿形は、男も女も田舎びたところがまったくなくてよい。女は町が豊かでにぎやかなのにつれて、身なりや装いがよい。すべてほとんど京に劣ることがない。人の話し方は、尾張の国から東の国々はなまりが多いが、伊勢はおおよそなまりがない。けれども山城や大和などと比べると、なんとなく声が卑しく、言葉も卑しいことが多い。

解説

宣長が生涯を過ごした松坂の町の姿を、長所も短所も率直に描いた段である。松坂の豪商の多くは江戸に店を構え、手代に商いを任せて、主人は国元で悠々と暮らしていた。宣長は、表向きは質素でも内々は豊かで贅沢だと言い、町筋が曲がり家並みがそろわないだらしなさ、川が浅く船が通わない不便も隠さない。人の心については、贅沢で誠実さが少ないと、郷里の人々にも遠慮のない評を下している。一方で、交通の便がよいこと、人の姿が垢抜けていること、女性の装いがよく京にも劣らないこと、言葉になまりが少ないことを挙げる。ただし京や大和と比べれば声も言葉も卑しいと付け加えるあたりに、都の言葉を基準とする宣長の感覚が表れている。

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