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正法眼蔵随聞記 / 巻一

宋土の寺院なんどには都て雜談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が國も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出來らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々殘りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以來、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强惡業令人覺悟無利言說能障正道とありて、只うち出して云處の言ばすら、無利の言說は障道の因緣なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて卽ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、惡きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、

新字:宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、

書き下し

宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、

現代語訳

宋の寺院などでは、そもそも雑談をしないので、そのようなことをも言わないのである。わが国でも近ごろ、建仁寺の僧正が存命であった時は、まったくかりそめにもこのような言葉は出てこなかった。亡くなった後も、在世の時の弟子たちが少々残りとどまっていた時は、いっさい言わなかった。近ごろ、この七、八年よりこのかた、今出てきた若い人たちが時々談ずるのである。とんでもない次第である。聖教の中にも、荒々しく強い悪業は人の覚悟を失わせ、利のない言説は正道を妨げるとあって、ただ何気なく口に出す言葉ですら、利のない言説は道を妨げる因縁である。まして、このような言葉は、言葉に引かれてすぐに心も起こってしまう。もっとも用心すべきである。ことさらにこう言うまいとしなくても、悪いことだと知ったならば、次第に退治していくべきである。

解説

風儀が崩れていく速さを、宋の寺、栄西在世の建仁寺、その弟子たちの代、今の若い人たちと、四段階で描いている。七、八年でこうなったという具体的な年数が生々しい。言葉に引かれて心が起こるという指摘が要点で、心を先に正すのではなく、口を先に慎めという順序になっている。最後に、禁じるのではなく、悪いと知れば次第に減ると言い添えている。

この章句が説くこと

言葉雑談風儀用心退治建仁寺

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