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正法眼蔵随聞記 / 巻一

雜話の次でに云く、世間の男女老少多く交會姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁斷すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、禮儀をも存じ、げにげにしき談の時、出來らざることなり、只亂醉放逸なる時の談なり、況や僧は專ら佛道を思ふべし、雜語は希有異體の亂僧の云ふことなり、

新字:雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、

書き下し

雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、

現代語訳

雑談のついでに言われた。世間の男女、老いも若きも、多くは交わりや色事のことを談じる。これによって心を慰めるものとし、座興とすることがある。ひとまず気晴らしにもなり、退屈も慰むように見えるとはいっても、僧はもっとも禁じ断つべきことである。俗世でさえ、よい人、まじめな人が礼儀をわきまえて、まともな話をするときには出てこないことである。ただ乱れ酔い、放逸であるときの話である。まして僧はもっぱら仏道を思うべきである。雑語はまれで異様な、乱れた僧の言うことである。

解説

禁止の理由を、僧だからという身分ではなく、俗世の基準から立てているのが特徴である。まともな席では出てこない話だという事実を先に置き、まして僧はと重ねる。座を持たせるための話題として使われることまで見抜いており、慰みになるという実感を頭から否定していないぶん、指摘が届く形になっている。

この章句が説くこと

言葉雑談慎み放逸

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