長短経 / 知人
然則平陂之質在於神、〔神者、智之主也。故神平則質平、神陂則質陂也。〕明暗之實在於精、〔精者、實之本。精清則實明、精濁則實暗。〕勇怯之勢在於筋、〔筋者、勢之用也。故筋勁則勢勇、弱則勢怯。〕强弱之植在於骨、〔骨者、植之機。故骨麤則植强、骨細則植弱。〕躁靜之決在於氣、〔氣者、决之地也。氣盛、決於躁、氣冲決於靜。〕惨懌之情在於色、〔色者、精之候。故色悴由情惨色懌由情懌也。〕衰正之形在於儀、〔儀者、形之表。故儀衰由形殆、儀正由形肅。〕態度之動在於容、〔容者、動之符。哀動則容哀、態正則容度也。〕緩急之狀在於言。〔言者、心之狀。心恕則言緩、心偏則言急也。〕若質素平淡、中睿外朗、筋勁植固、聲清色澤儀崇容直、則純粹之徳也。」
新字:然則平陂之質在於神、〔神者、智之主也。故神平則質平、神陂則質陂也。〕明暗之実在於精、〔精者、実之本。精清則実明、精濁則実暗。〕勇怯之勢在於筋、〔筋者、勢之用也。故筋勁則勢勇、弱則勢怯。〕強弱之植在於骨、〔骨者、植之機。故骨麤則植強、骨細則植弱。〕躁静之決在於気、〔気者、決之地也。気盛、決於躁、気沖決於静。〕惨懌之情在於色、〔色者、精之候。故色悴由情惨色懌由情懌也。〕衰正之形在於儀、〔儀者、形之表。故儀衰由形殆、儀正由形粛。〕態度之動在於容、〔容者、動之符。哀動則容哀、態正則容度也。〕緩急之状在於言。〔言者、心之状。心恕則言緩、心偏則言急也。〕若質素平淡、中睿外朗、筋勁植固、声清色沢儀崇容直、則純粋之徳也。」
書き下し
然らば則ち平陂の質は神に在り。〔神は智の主なり。故に神平らかなれば則ち質平らかに、神陂なれば則ち質陂なり。〕明暗の実は精に在り。〔精は実の本なり。精清ければ則ち実明らかに、精濁れば則ち実暗し。〕勇怯の勢は筋に在り。〔筋は勢の用なり。故に筋勁ければ則ち勢勇に、弱ければ則ち勢怯なり。〕強弱の植は骨に在り。〔骨は植の機なり。故に骨麤ければ則ち植強く、骨細ければ則ち植弱し。〕躁静の決は気に在り。〔気は決の地なり。気盛んなれば躁に決し、気冲なれば静に決す。〕惨懌の情は色に在り。〔色は精の候なり。故に色悴るるは情惨むに由り、色懌ぶは情懌ぶに由るなり。〕衰正の形は儀に在り。〔儀は形の表なり。故に儀衰うるは形殆うきに由り、儀正しきは形粛なるに由る。〕態度の動は容に在り。〔容は動の符なり。哀しみ動けば則ち容哀しく、態正しければ則ち容度あるなり。〕緩急の状は言に在り。〔言は心の状なり。心恕なれば則ち言緩く、心偏なれば則ち言急なり。〕若し質素にして平淡、中は睿く外は朗らか、筋勁く植固く、声清く色沢い、儀は崇く容は直ければ、則ち純粋の徳なり」と。
現代語訳
そうであれば、平らかか偏っているかの素質は神(精神)に現れる。〔神は智の主である。だから神が平らかなら素質も平らかで、神が偏れば素質も偏る。〕明るいか暗いかの実質は精に現れる。〔精は実の根本である。精が清ければ実は明るく、精が濁れば実は暗い。〕勇か臆病かの勢いは筋に現れる。〔筋は勢いのはたらきである。だから筋が強ければ勢いは勇で、弱ければ勢いは臆病である。〕強いか弱いかの立ち方は骨に現れる。〔骨は立ち方の要である。だから骨が太ければ立ち方は強く、細ければ弱い。〕せっかちか静かかの決断は気に現れる。〔気は決断の土台である。気が盛んならせっかちに決し、気が穏やかなら静かに決する。〕悲しみか喜びかの情は顔色に現れる。〔色は精のしるしである。だから顔色がやつれるのは情が痛むからで、顔色が晴れるのは情が喜ぶからである。〕衰えているか正しいかの形は立ち居に現れる。〔儀は形のあらわれである。だから立ち居が衰えるのは体が危ういからで、立ち居が正しいのは体が引き締まっているからである。〕態度の動きは容貌に現れる。〔容は動きのしるしである。哀しみが動けば容貌も哀しく、態度が正しければ容貌も節度がある。〕緩やかか急かの様子は言葉に現れる。〔言葉は心のかたちである。心が寛容なら言葉は緩やかで、心が偏っていれば言葉は急である。〕もし素質が素朴で平淡、内は聡明で外は朗らか、筋は強く立ち方は固く、声は清く顔色はつやがあり、立ち居は高く容貌はまっすぐであれば、純粋な徳である」。
解説
この章句が説くこと
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