人物志 / 八觀
然則:論顯揚正,白也;不善言應,玄也;經緯玄白,通也;移易無正,雜也;先識未然,聖也;追思玄事,叡也;見事過人,明也;以明為晦,智也;微忽必識,妙也;美妙不昧,疏也;測之益深,實也;假合炫耀,虛也;
新字:然則:論顕揚正,白也;不善言応,玄也;経緯玄白,通也;移易無正,雑也;先識未然,聖也;追思玄事,叡也;見事過人,明也;以明為晦,智也;微忽必識,妙也;美妙不昧,疏也;測之益深,実也;仮合炫耀,虚也;
書き下し
然らば則ち、論顕らかにして正を揚ぐるは、白なり。言応を善くせざるは、玄なり。玄白を経緯するは、通なり。移易して正無きは、雑なり。未然を先識するは、聖なり。玄事を追思するは、叡なり。事を見ること人に過ぐるは、明なり。明を以て晦と為すは、智なり。微忽も必ず識るは、妙なり。美妙にして昧からざるは、疏なり。之を測りて益々深きは、実なり。仮合して炫耀するは、虚なり。
現代語訳
そうであるとすれば、次のように言える。論がはっきりしていて正しいことを掲げるのは「白」(明らかな型)である。言葉での受け答えが上手でないのは「玄」(奥深く内にこもる型)である。玄と白とを縦糸横糸のように織り合わせるのは「通」である。考えがころころ変わって定まった正しさがないのは「雑」である。まだ起こっていないことを先に見抜くのは「聖」である。奥深い事柄をさかのぼって考えるのは「叡」である。物事を見る力が人並みを超えているのは「明」である。明らかに見えていながらそれを隠しておくのは「智」である。かすかなことも必ず見逃さないのは「妙」である。美しく巧みでありながら暗さのないのは「疏」(通りのよさ)である。測ってみるほどますます深いのは「実」である。寄せ集めで飾り立て、きらびやかに見せるのは「虚」である。
解説
関連する章句
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人物志・八觀八観とは、一に曰く、其の奪救を観て、以て間雑を明らかにす。二に曰く、其の感変を観て、以て常度を審らかにす。三に曰く、其の志質を観て、以て其の名を知る。四に曰く、其の所由を観て、以て依似を弁ず。五に曰く、其の愛敬を観て、以て通塞を知る。六に曰く、其の情機を観て、以て恕惑を弁ず。
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人物志・八觀故に曰く、慈、吝に勝つこと能はざれば、其の能く仁なるを必とする無きなり。仁、懼に勝つこと能はざれば、其の能く恤むを必とする無きなり。厲、慾に勝つこと能はざれば、其の能く剛なるを必とする無きなり。是の故に、不仁の質勝てば、則ち伎力害器と為り、貪悖の性勝てば、則ち彊猛禍梯と為る。亦た善情の悪を救ひて、害を為すに至らざる有り。愛恵分篤ければ、傲狎なりと雖も離れず。善を助くる者明らかなれば、悪を疾むと雖も害無きなり。救済過厚なれば、人に取ると雖も貪らざるなり。是の故に、其の奪救を観て、間雑を明らかにするの情、得て知るべきなり。何をか其の感変を観て、以て常度を審らかにすと謂ふ。夫れ人は貌を厚くし情を深くす。将に之を求めんと欲すれば、必ず其の辞旨を観、其の応賛を察す。夫れ其の辞旨を観るは、猶ほ音の善醜を聴くがごとし。其の応賛を察するは、猶ほ智の能否を視るがごときなり。故に辞を観、応を察すれば、以て互ひに相別識するに足る。
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人物志・八觀故に言を聴き貌を信ずれば、或いは其の真を失ひ、情を詭り反を御すれば、或いは其の賢を失ふ。賢否の察は、実に依る所に在り。是の故に、其の依る所を観て、似類の質、知るべきなり。何をか其の愛敬を観て、以て通塞を知ると謂ふ。
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人物志・效難何をか知り難きの難と謂ふ。人物は精微にして、能く神にして明らかなり、其の道甚だ難し。固より知り難きの難なり。是を以て衆人の察は、尽く備ふること能はず。故に各自度を立てて、以て相観采す。或いは其の形容を相し、或いは其の動作を候ひ、或いは其の終始を揆り、或いは其の儗象を揆り、或いは其の細微を推し、或いは其の過誤を恐れ、或いは其の言ふ所に循ひ、或いは其の行事を稽ふ。
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人物志・八觀故に曰く、凡そ事の度ならざるは、必ず其の故有り。憂患の色は、乏しくして且つ荒る。疾疢の色は、乱れて垢雑す。喜色は、愉然として以て懌ぶ。慍色は、厲然として以て揚がる。妒惑の色は、冒昧にして常無し。其の動作に及びては、蓋し言辞に並ぶ。是の故に、
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人物志・八觀言未だ発せずして怒色先づ見はるる者は、意憤溢すればなり。言将に発せんとして怒気之を送る者は、然らざる所を彊ふればなり。凡そ此の類は、徴外に見はれ、奄違すべからず。之に違はんと欲すと雖も、精色従はず、感愕以て明らかなれば、変ずと雖も知るべし。是の故に、其の感変を観て、常度の情知るべし。何をか其の至質を観て、以て其の名を知ると謂ふ。凡そ偏材の性、二至以上なれば、則ち至質相発して、令名生ず。是の故に、骨直く気清ければ、則ち休名生じ、気清く力勁ければ、則ち烈名生じ、勁智にして理に精しければ、則ち能名生じ、智直にして彊愨なれば、則ち任名生ず。端質に集まれば、則ち令徳済り、之に学を加ふれば、則ち文理灼かなり。是の故に、其の至る所の多少を観て、異名の生ずる所知るべきなり。何をか其の所由を観て、以て依似を弁ずと謂ふ。夫れ純訐は性違ひて、公正なること能はず。依訐は直に似て、訐を以て善を訐く。純宕は流に似て、道に通ずること能はず。依宕は通に似て、行ひ傲りて節を過ぐ。故に曰く、直者も亦た訐き、訐者も亦た訐く。其の訐くは則ち同じきも、其の訐くを為す所以は則ち異なる。通者も亦た宕し、宕者も亦た宕す。其の宕を為す所以は則ち異なる。然らば則ち、何を以て之を別たん。直にして能く温なる者は、徳なり。直にして好んで訐く者は、偏なり。訐きて直ならざる者は、依なり。道にして能く節ある者は、通なり。通にして時に過ぐる者は、偏なり。宕にして節あらざる者は、依なり。
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