玉勝間 / 十四の巻 又
これは君たる人に、〓へたる語とは云ひながら、あまり口にまかせたる惡言なり。此書、人の臣たらむ者の見べき書にあらず。臣たる人に不忠不義を〓へたる物なり。其國を去てその君かへり見ずとて、これを寇讎とはいかでかせむ。云はんかたも無き惡言なり。おそるべしおそるべし。
新字:これは君たる人に、〓へたる語とは云ひながら、あまり口にまかせたる悪言なり。此書、人の臣たらむ者の見べき書にあらず。臣たる人に不忠不義を〓へたる物なり。其国を去てその君かへり見ずとて、これを寇讎とはいかでかせむ。云はんかたも無き悪言なり。おそるべしおそるべし。
書き下し
これは君たる人に、教えたる語とは云いながら、あまり口にまかせたる悪言なり。この書、人の臣たらむ者の見るべき書にあらず。臣たる人に不忠不義を教えたる物なり。その国を去りてその君かえり見ずとて、これを寇讐とはいかでかせむ。云わんかたも無き悪言なり。おそるべしおそるべし。
現代語訳
これは君主である人に教えた言葉だとは言いながら、あまりに口にまかせた悪い言葉である。この書は、人の臣下である者が見るべき書ではない。臣下である人に不忠・不義を教えたものである。その国を去って、その君主が顧みないからといって、君主を仇敵とするなどということがどうしてできようか。言いようもない悪い言葉である。恐るべきことだ、恐るべきことだ。
解説
前段の続きで、『孟子』離婁下篇の「君の臣を視ること土芥の如くなれば、則ち臣の君を視ること寇讐の如し」への批判を締めくくっている。孟子のこの言葉は、臣下を大切にしない君主に向けた戒めとして語られたものだが、宣長は、たとえ君主への教えであっても言い過ぎた悪言だと断じる。そして『孟子』は臣下が読むべき書ではなく、臣下に不忠不義を教えるものだとまで言い、「おそるべしおそるべし」と重ねて結ぶ。この評価は、皇統の永続を至上とする宣長の立場から出たものであり、時代の言葉として受け取る必要がある。ただ、一つの書物が読む人の立場によって毒にも薬にもなるという見方は、今も考える価値がある。
関連する章句
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