玉勝間 / 十四の巻 某の家と云ふことを某の亭と書く事
歌の會などに、某ノ家と云ふ事を、近代は必、某ノ亭と書く事となれるはいかが。古はみな、某ノ家とこそ有れ亭の字はあたらぬ事なり。
新字:歌の会などに、某ノ家と云ふ事を、近代は必、某ノ亭と書く事となれるはいかが。古はみな、某ノ家とこそ有れ亭の字はあたらぬ事なり。
書き下し
歌の会などに、某の家と云う事を、近代は必ず、某の亭と書く事となれるはいかが。古えはみな、某の家とこそ有れ亭の字はあたらぬ事なり。
現代語訳
歌会などで「某の家」ということを、近ごろは必ず「某の亭」と書くようになったのはどうであろうか。昔はみな「某の家」とあるのであって、「亭」の字は当たらないことである。
解説
歌会の記録や懐紙に会場を記すとき、近ごろ「某の家」と書かずに必ず「某の亭」と書くようになったことを、不適切だと批判した短い段である。昔の歌集や記録ではみな「家」と書かれており、「亭」は本来、宿場の建物や眺めのよい小さな建物を指す字で、人の家を指すには当たらないというのである。「亭」という字には、中国の文人趣味を思わせる風雅な響きがあり、それを好んで使う当時の風潮があったのであろう。小さな用字の問題のようだが、歌という日本古来の営みの中に、根拠のない漢風の飾りが入り込むことへの違和感が表れている。改まった場で使われる言葉づかいが、いつの間にか本来の意味からずれていく例は、今の手紙や挨拶にもよく見られる。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 某屋と云ふ家の号の事さて彼のもろこしの、某堂、某斎のたぐいは、物知り人風雅人なども、商人も、かわる事なくて、同じさまにつく事なるを、御国にてもまねびて、つく人多き。それをば、あき人の家の号に同じとて、厭う事なきは、からめきたるに紛るればなるべし。然るに近き頃、古の学びするともがらは、その某堂、某斎のたぐいは、からめきたるをうるさがりて、皇国言葉もてつけむとするに、かの松屋、藤屋のたぐいは、さすがにさけむとする故に、つくべき号無くて、思いわぶめり。或は某の屋と、の文字を添えて、分かむとすれども、木草などのうちに、みやびたる名は、数多からねば、ここにもかしこにも、同じ事のみ出でくめり。そもそももろこしのは、多く二字を連らねてもつくる故に、いかさまにも心にまかせて、珍らしく附くべきを、皇国言は、二つかさねては、長くなりて、呼び苦しければ、かにかくに附けにくきわざなりかし。
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『玉勝間』七の巻 物書くに心すべき事またかくれが、すみかなどのカに、家の字を書くは、ひがことなり。これらのカは、処の意にて、家と云う事には有らず。されど処と書くべきにはた有らざれば、ただ仮字に書くぞ善き。また隠が、住かなど、上を真字、下を仮字に書きたるは、こちなく見ゆ。このたぐい皆同じ。さびしに淋の字、いかにぞやおぼゆ。ながめに詠の字もいかが、詠は、声を長むることにこそ有れ、物を見るながめには、よし無し。さてまた常に目なれぬ文字をつかう事、すべて悪ろし。すべて上の件のたぐいの事ども、なおいと多かるを、今はただ思い出ずるままに、一つ二つ云えるのみなり。なずらえて心得べし。そもそも古人は、必ずさしもこまかには物せず、物書きたるも、おおらかにて、文字なども、心にまかせて書きたれば、今もただいかに書きても有りぬべし、さまでこちたく事を分けむは、くだくだしき後の世心にこそ有らめ、と思う人、有るべし。すべて古をこのみて、万ずに心高からむとかまうる人は、かかる事云うをば、心ひきく拙きわざと、もどくべかめれど、それ然しも有らじ。
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『玉勝間』十二の巻 来と云ふ言に二くさのはたらきある事かくて今の世の、歌詠む人など、歌には、さすがに古えのままに、初めのはたらきにのみ詠めども、文には、多く後のかたを用いて書くはいかにぞや。たとえば、人のきてと云うべきを、人のきたりてと云い、こむと云いしと云うべきを、きたらむと云いしと云う類いなり。こは思うに、初めの活用の方は、今の世の俗語につかう故に、物はかなく聞え、後の方ぞ、物よむに用うる故に、ものものしく、正しきように聞ゆるから、そを善しと心得てなめり。されどそはなかなかに悪ろし。古えの雅文に、後のはたらきを用いたる事は、おさおさ無きをば、などて考えざるらむ。
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『玉勝間』九の巻 当の字のつかひざま又此を今のと云ふ事そもそもかの今の歌はと云えるたぐいを思うに、此歌はと云いては、別にそこに引きたる歌のことに、まがうおりなどの有れば、そを分けむ為などには、今注する歌の事をば、然か云わむも、悪しき事にはあらずなん。
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『玉勝間』四の巻 歌人また家集と云ふ事歌詠む人を歌人と云う事、拾遺集十七の巻に、三条の太政大臣の家にて、歌人召し集めて、あまたの題詠ませ侍りけるにとあり。また家の集と云うこと、古今集の真字序に見え、拾遺集同じ巻に、天暦の御時、伊勢が家の集召したりければ云々、また二十の巻に、家集に書きて侍ると見え、源の順の集に、平の兼盛が家の集など有り。類聚国史に、菅原の是善の卿の事に、家集十巻とあり、これは詩文の集なり。
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