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玉勝間 / 十四の巻 世の中の万の事は皆神の御しわざなる事

世の中の萬づの事はみなあやしきを、これ奇しく妙なる神の御しわざなる事をえ知らずして、己がおしはかりの理を以て云ふはいとをこなり。いかにとも知られぬ事を理を以てとかく云ふは、から人のくせなり。その云ふ所の理は、いかさまにも云へばいはるる物ぞ。かれ古へのから人の云ひおける理、後世にいたりてひがことなる事のあらはれたる事多し。またつひに理のはかり難き事にあへば、これを天と云ひてのがるる、皆神ある事を知らざる故なり。

新字:世の中の万づの事はみなあやしきを、これ奇しく妙なる神の御しわざなる事をえ知らずして、己がおしはかりの理を以て云ふはいとをこなり。いかにとも知られぬ事を理を以てとかく云ふは、から人のくせなり。その云ふ所の理は、いかさまにも云へばいはるる物ぞ。かれ古へのから人の云ひおける理、後世にいたりてひがことなる事のあらはれたる事多し。またつひに理のはかり難き事にあへば、これを天と云ひてのがるる、皆神ある事を知らざる故なり。

書き下し

世の中の万ずの事はみなあやしきを、これ奇しく妙なる神の御しわざなる事をえ知らずして、己がおしはかりの理を以て云うはいとおこなり。いかにとも知られぬ事を理を以てとかく云うは、から人のくせなり。その云う所の理は、いかさまにも云えばいわるる物ぞ。かれ古えのから人の云いおける理、後世にいたりてひがことなる事のあらわれたる事多し。またついに理のはかり難き事にあえば、これを天と云いてのがるる、皆神ある事を知らざる故なり。

現代語訳

世の中のあらゆる事はみな不思議なものであるのに、それが霊妙で不可思議な神の御しわざであることを知らずに、自分の推量の理屈で説明するのはたいへん愚かである。どうとも分からないことを理屈であれこれ言うのは、中国の人の癖である。その言う理屈は、どのようにでも言えば言えるものである。だから昔の中国人が言い残した理屈が、後の世になって誤りであることが明らかになったことが多い。また最後には理屈で推し量れないことに出会うと、これを「天」と言って言い逃れる。みな神のあることを知らないからである。

解説

宣長の神道論の核心を短く述べた段である。世の中の事はすべて不思議で、それは霊妙な神の御しわざであるのに、人はそれを自分の推量の理屈で説明しようとする。宣長はそれを中国の人の癖と呼ぶ。理屈はどのようにでも立てられるので、昔の理屈が後に誤りと分かることも多く、どうしても説明できなくなると「天」という言葉を持ち出して逃げる、というのである。この考えは、人間の理性への過信を戒める面を持つ一方、説明を神に委ねて思考を止めるものだという批判も受けてきた。それでも、分からないことを無理に分かったつもりにならないという戒めは、知的な誠実さの一つの形として今も読む価値がある。

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