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後世への最大遺物 / 第二回・一俵の米は百万の価値があった

こうして初めて一俵の米を取った。その人の自伝によりますれば、「米を一俵取ったときの私の喜びは何ともいえなかった。これ天が初めて私に直接に授けたものにしてその一俵は私にとっては百万の価値があった」というてある。それからその方法をだんだん続けまして二十歳のときに伯父さんの家を辞した。そのときには三、四俵の米を持っておった。それから仕上げた人であります。それでこの人の生涯を初めから終りまで見ますと、「この宇宙というものは実に神様……神様とはいいませぬ……天の造ってくださったもので、天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだからもしわれわれがこの身を天と地とに委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる」というこういう考えであります。

書き下し

こうして初めて一俵の米を取った。その人の自伝によりますれば、「米を一俵取ったときの私の喜びは何ともいえなかった。これ天が初めて私に直接に授けたものにして、その一俵は私にとっては百万の価値があった」というてある。それからその方法をだんだん続けまして、二十歳のときに伯父さんの家を辞した。そのときには三、四俵の米を持っておった。それから仕上げた人であります。それでこの人の生涯を初めから終りまで見ますと、「この宇宙というものは実に、天の造ってくださったもので、天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだから、もしわれわれがこの身を天と地とに委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる」という、こういう考えであります。

現代語訳

こうして初めて一俵の米を取りました。その人の自伝によれば、米を一俵取ったときの私の喜びは何とも言えなかった。これは天が初めて私に直接授けたもので、その一俵は私にとって百万の価値があった、と書かれています。それからその方法をだんだん続けて、二十歳のときに伯父の家を辞しました。そのときには三、四俵の米を持っていた。そこから身を立てた人です。この人の生涯を初めから終わりまで見ると、この宇宙は実に天が造ってくださったもので、天というものは恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。だから、もし私たちがこの身を天と地に委ねて天の法則に従っていけば、望まなくても天が助けてくれる、という考えです。

解説

一俵の米に百万の価値がある、という言葉が引かれます。量ではなく、自分の手で天から直接受け取った最初の一つだということが値打ちなのです。そこから内村は、尊徳の世界観を要約します。天は人を助けようとしている、その法則に従えば助けられる。これは前段で最大遺物の中身として述べた、この世は希望の世だと信じること、と同じ内容です。異なる信仰の人物を例に選びながら、結論は重なっている。この講演が宗派を超えて読まれる理由がここにもあります。

この章句が説くこと

恩恵自立報徳法則

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