玉勝間 / 十四の巻 漢ふみにしるせる事みだりに信ずまじき事
世の學者、ことの疑はしきを、から書にしかしか見えたりと云へば、疑はず信ずるはいとをこなり。すべて漢籍、うきたる事、ひがこと、そら言いと多し。その言よきにまどひて、みだりに信ずべきにあらず。
新字:世の学者、ことの疑はしきを、から書にしかしか見えたりと云へば、疑はず信ずるはいとをこなり。すべて漢籍、うきたる事、ひがこと、そら言いと多し。その言よきにまどひて、みだりに信ずべきにあらず。
書き下し
世の学者、ことの疑わしきを、から書にしかしか見えたりと云えば、疑わず信ずるはいとおこなり。すべて漢籍、うきたる事、ひがこと、そら言いと多し。その言よきにまどいて、みだりに信ずべきにあらず。
現代語訳
世の学者が、疑わしいことでも、中国の書物にこれこれと見えていると言えば、疑わずに信じるのはたいへん愚かである。およそ漢籍には、根拠のないこと、間違ったこと、嘘がたいへん多い。その言葉の巧みさに惑わされて、むやみに信じるべきではない。
解説
漢籍に書いてあれば疑わずに信じる学者の態度を、愚かだと戒めた段である。宣長は、中国の書物には根拠のない話や誤り、作り事が多いと言い、文章の巧みさに惑わされるなと説く。江戸時代の知識人にとって漢籍は学問の権威そのものであり、中国の書物に出典があることが、しばしば議論の決め手とされた。宣長はそうした権威への盲信を、漢意(からごころ)の典型として批判し続けた。ただし宣長自身、この巻でも多くの漢籍を引用し、有用な記述は積極的に用いている。問題にしているのは、書かれていることを吟味せずに鵜呑みにする態度である。どんな権威ある出典でも、それが正しいかどうかは自分で確かめなければならない。
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 もろこしぶみをも読むべき事から国の書をも、いとまのひまには、ずいぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、その外国のふりの悪しき事も知られず。また古書はみな漢文もて書きたれば、かの国ぶりの文も知らでは、学問もことゆきがたければなり。かの国ぶりの、よろづに悪しき事をよくさとりて、皇国だましいだに強くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷う事無し。然れども、かの国ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を尽くしたるように、こまかに論い、よさまに説きなせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどい易きならいなれば、から書見むには、つねにこのことを忘るまじきなり。
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『玉勝間』十二の巻 物しり人もののことわりを論ずるやう世のものしり人、人の身のうえ、世の中のことわりなどを、さまざま心高く、いとかしこげには論えども、とかく云うもかく云うも、皆からぶみの趣きにて、その垣内を出ずる事あたわざるは、いかにぞや。
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『玉勝間』七の巻 もろこしに無きこともろこしのまなびする人、彼の国に無き事の、御国に有るをば、文盲なる事と、おとしむるを、もろこしにも有る事とだに云えば、さてゆるすは、いかにぞや。もろこしには、すべて文盲なる事は、無き物とや心得たるらむ。彼の国の学びするともがらは、よろずにかしこげに、物は云えども、かかる愚かなる事も有りけり。
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『玉勝間』十四の巻 〓誠もろこしの古書、ひたすら教誡をのみこちたく云えるは、いといとうるさし。人は教えによりて善くなる者にあらず。もとより教えをまつものには有らぬを、余りこちたくいましめ教うるから、なかなかに姦曲詐偽のみまさる事を知らず。周公旦、余りにこちたく定めたる故に、周の末の乱をおこせり。戦国の頃の人の邪智ふかきは、みな周公が教えたることなり。皇国の古書には、露ばかりもおしえがましき事見えず。このけじめをよく考うべし。教誡の厳なるを善き事と心得たるは愚かなり。
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『玉勝間』七の巻 唐の国人あだし国ある事を知らざりし事かくてそのよく知れる胡国などは、いたずらに広きのみにして、いといやしく悪ろき国なるを、つねに見しり聞き知りては、他国はいずれも皆、かかる物とのみ思えりしから、何事もただ尊きは、吾ひとりと、みだりにほこれるなり。古あだし国の事を、弘く知らざりし程こそ、さも有らめ、近き世になりて、遠き国々の事も、皆よく知られても、なお古よりの癖を、改むる事無く、今に同じさまに、ほこりおるなるを、皇国にても、学問をもする人は、今は万の国々の事をも、大かた知りたるべきに、なお昔よりの癖にて、もろこし人のみだりごとを信じて、ひたぶるに彼の国を尊みて、何事も皆、彼の国より始まれるように思い、彼の国より外に、国は無きごと心得居るは、いかなるまどいぞや。
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『玉勝間』四の巻 もろこし人の説こちたくくだくだしき事すべてもろこし人の物の論いは、あまりくだくだしくこちたくて、あじきなき徒ら事多し。宋儒の論いを、こちたしとてそしる儒者も多けれど、それもただいささか甚しからぬのみにこそ有れ、然か云う者もなおこちたし。
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