玉勝間 / 十四の巻 かくれみのかくれ笠
世に隱れみのかくれ笠と云ふこと有リ、拾遺集十八の卷に、しのびたる人の許につかはしける平ノ公誠「かくれみの隱れがさをも得てしがな、きたりと人に知られざるべくと有ッ、きたりは、來而有にて、みのかさの方は、唯だ緣の詞のみなり。
新字:世に隠れみのかくれ笠と云ふこと有リ、拾遺集十八の巻に、しのびたる人の許につかはしける平ノ公誠「かくれみの隠れがさをも得てしがな、きたりと人に知られざるべくと有ッ、きたりは、来而有にて、みのかさの方は、唯だ縁の詞のみなり。
書き下し
世に隠れみのかくれ笠と云うこと有り、拾遺集十八の巻に、しのびたる人の許につかわしける平の公誠「かくれみの隠れがさをも得てしがな、きたりと人に知られざるべく と有り、きたりは、来て有るにて、みのかさの方は、ただ縁の詞のみなり。
現代語訳
世に「隠れ蓑、隠れ笠」ということがある。『拾遺集』巻十八に、人目を忍んで通う相手のもとに贈った平公誠の歌「隠れ蓑や隠れ笠を手に入れたいものだ。来ていると人に知られないように」とある。「きたり」は「来て有り(来ている)」の意味で、蓑・笠のほうの「着たり」は、ただ縁語として添えただけである。
解説
身につけると姿が見えなくなるという「隠れ蓑・隠れ笠」の古い用例として、『拾遺集』の平公誠の歌を挙げた段である。忍んで通う恋人のもとへ、人目に知られずに行けるよう隠れ蓑と隠れ笠が欲しいと詠んだ歌で、隠れ蓑の伝承が平安時代にすでに知られていたことが分かる。第四句の「きたり」は「来て有り」、つまり来ていることを言うのが主な意味で、蓑や笠を「着たり」という意味は、縁語として添えられているだけだと説く。主となる意味と、掛けて添えた意味とを取り違えないことが、和歌を正しく読むうえで大切だというのである。隠れ蓑という言葉は、今では正体を隠すための口実という比喩としても使われるが、その源にはこうした素朴な願いの歌があった。
関連する章句
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