玉勝間 / 四の巻 歌人また家集と云ふ事
歌詠む人を歌人と云ふ事、拾遺集十七の卷に、三條ノ太政大臣ノ家にて、歌人召し集めて、あまたの題詠ませ侍けるにとあり。又家ノ集と云ふこと、古今集ノ眞字序に見え、拾遺集同卷に、天曆ノ御時、伊勢が家ノ集召したりければ云云、また廿の卷に、家集に書きて侍ると見え、源ノ順ノ集に、平ノ兼盛が家ノ集など有り。類聚國史に、菅原ノ是善ノ卿の事に、家集十卷とあり、これは詩文の集なり。
新字:歌詠む人を歌人と云ふ事、拾遺集十七の巻に、三条ノ太政大臣ノ家にて、歌人召し集めて、あまたの題詠ませ侍けるにとあり。又家ノ集と云ふこと、古今集ノ真字序に見え、拾遺集同巻に、天暦ノ御時、伊勢が家ノ集召したりければ云云、また廿の巻に、家集に書きて侍ると見え、源ノ順ノ集に、平ノ兼盛が家ノ集など有り。類聚国史に、菅原ノ是善ノ卿の事に、家集十巻とあり、これは詩文の集なり。
書き下し
歌詠む人を歌人と云う事、拾遺集十七の巻に、三条の太政大臣の家にて、歌人召し集めて、あまたの題詠ませ侍りけるにとあり。また家の集と云うこと、古今集の真字序に見え、拾遺集同じ巻に、天暦の御時、伊勢が家の集召したりければ云々、また二十の巻に、家集に書きて侍ると見え、源の順の集に、平の兼盛が家の集など有り。類聚国史に、菅原の是善の卿の事に、家集十巻とあり、これは詩文の集なり。
現代語訳
歌を詠む人を「歌人」と言う事は、拾遺集の巻十七に「三条太政大臣(藤原頼忠)の家で、歌人を召し集めて、多くの題を詠ませました時に」とある。また「家の集」ということは、古今集の真名序に見え、拾遺集の同じ巻に「天暦の御時(村上天皇の代)、伊勢の家の集をお召しになったので」云々、また巻二十に「家集に書いてございます」と見え、源順の家集に「平兼盛の家の集」などとある。類聚国史に、菅原是善卿の事に「家集十巻」とあるが、これは詩文の集である。
解説
関連する章句
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『玉勝間』四の巻 故郷旅にして、国をふる里と云うは、他国に移りて住める者などの、もと住みし里を云えるにこそあれ、ただ行きかえる世の常の旅にて云うは、あたらぬ事なり。されば万葉集・古今集などの歌には、然か詠めるはいまだ見あたらず。万葉などには、ゆきかえる旅にては、国をば、国または家などこそ詠みたれ。然るを後の世には、おしなべて故郷と云いならいて、つねの事なれば、なべては今さらとがむべきにも有らざれども、万葉ぶりの歌には、なお心すべき事なるに、今の人心つかで、なべてふる里と詠むなるは、いかがとこそ覚ゆれ。
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『玉勝間』四の巻 百首の歌歌を百首そなえて詠むことは、源の重之の家集に、東宮より召しによりて詠める百首あり。春二十首、夏二十首、秋二十首、冬二十首、恋十首、雑十首なり。これらや初めならん。拾遺集にも、百首歌の中に源重之とて入れり。
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『玉勝間』十三の巻 歌合と云ふ事のはじまり歌合と云うわざは、いずれの御世の頃よりかはじまりけむ。古今集に、仁和の中将の御息所の家の歌合と云うこと見え、新勅撰集夏の部に、中納言行平の家のうた合、又恋三に、陽成院の歌合など見えたり。これら寛平よりさきなり。
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『玉勝間』十の巻 片点諸点歌の点に、片点、諸点と云うこと、家隆の卿の書かれたる物に見えたり。
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『玉勝間』十二の巻 事のはじめてそのきはになるを口と云ふ事俗語に、事の始めてその際になるを、なにがし口と云うこと、ふるし。拾遺集物の名に、くち葉色の折敷、あしひきの山の木の葉のおち口は色の惜しきぞあわれなりける。
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『玉勝間』二の巻 歌書の註を抄となづくる事昔より、歌ぶみの註を抄と云いて、その名をも多く某抄とつくる。抄の字は、註釈にはあたらざれども、もろこしよりして、仏ぶみには、その書のさまにかかわらで、記とも集とも抄とも名づけたる、つねの事なれば、歌ぶみの註を抄と云うも、もと仏書の名どもにならえる物なるべし。
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