玉勝間 / 四の巻 歌合よみ人の名をかくす事
同書に、法性寺殿(忠通公)の御事を云へるところに、まだをさなくおはしましし時より、歌合など朝ゆふの御あそびにて、基俊、俊賴など云ふ、時の歌詠みどもに、名かくして判せさせなど、せさせ給ふ事、たえざりけり、と云へり。名かくすとは、詠み人の名か、判者の名か。
新字:同書に、法性寺殿(忠通公)の御事を云へるところに、まだをさなくおはしましし時より、歌合など朝ゆふの御あそびにて、基俊、俊頼など云ふ、時の歌詠みどもに、名かくして判せさせなど、せさせ給ふ事、たえざりけり、と云へり。名かくすとは、詠み人の名か、判者の名か。
書き下し
同書に、法性寺殿(忠通公)の御事を云えるところに、まだおさなくおわしましし時より、歌合など朝ゆうの御あそびにて、基俊・俊頼など云う、時の歌詠みどもに、名かくして判せさせなど、せさせ給う事、たえざりけり、と云えり。名かくすとは、詠み人の名か、判者の名か。
現代語訳
同じ書に、法性寺殿(藤原忠通公)の御事を述べたところに、「まだ幼くいらっしゃった時から、歌合などを朝夕のお遊びとして、藤原基俊・源俊頼などという当時の歌人たちに、名を隠して判定させるなどということを、絶えずなさった」と言っている。「名を隠す」とは、詠み人の名であろうか、判者の名であろうか。
解説
歌合で名を隠すという作法について、今鏡の記事に疑問を投げかけた一段である。藤原忠通は幼いころから歌合を日々の遊びとし、藤原基俊や源俊頼といった当代一流の歌人に、名を隠して判定させていた、という。歌合は歌を左右に番えて優劣を競う催しで、判者の評価が重んじられた。宣長は、ここで隠したのが歌の作者の名なのか、判者の名なのか、と問いを立てるだけで結論は出していない。作者名を伏せれば判者は身分や名声に左右されずに歌そのものを評価でき、判者の名を伏せれば判者は遠慮なく判じることができる。どちらにしても、公平な評価のための工夫である。わからないことは問いのまま残しておく。宣長の覚え書きには、こうした未解決の問いもそのまま記されている。
関連する章句
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