玉勝間 / 十四の巻 鹿をかせぎと云ふ事
鹿をかせぎと云ふを、古、の名と思ふめれど、此名すべて古書に見えたる事無し。たしかならぬ名なり。思ふに和名抄の僧坊ノ具の中に、鹿杖と云ふ物をあげて、加勢都惠としるせるは、いかならむ。
新字:鹿をかせぎと云ふを、古、の名と思ふめれど、此名すべて古書に見えたる事無し。たしかならぬ名なり。思ふに和名抄の僧坊ノ具の中に、鹿杖と云ふ物をあげて、加勢都恵としるせるは、いかならむ。
書き下し
鹿をかせぎと云うを、古えの名と思うめれど、この名すべて古書に見えたる事無し。たしかならぬ名なり。思うに和名抄の僧坊の具の中に、鹿杖と云う物をあげて、かせずえとしるせるは、いかならむ。
現代語訳
鹿を「かせぎ」と言うのを、古くからの名だと思っているようだが、この名はまったく古い書物に見えることがない。確かでない名である。思うに、『和名抄』の僧坊の道具の中に「鹿杖」という物を挙げて、「かせづゑ」と記しているのは、どういうことであろうか。
解説
鹿の異名とされる「かせぎ」について、古書に用例がないことを指摘した短い段である。歌や物語の注釈の世界では「かせぎ」は鹿の古名として扱われることがあったが、宣長は確かな古い文献に見えない以上、古名とは認められないとする。そのうえで『和名抄』に、僧が用いる先が二股になった杖「鹿杖(かせづゑ)」があることを挙げ、この「かせ」が鹿の角に見立てた二股の形から来ていて、そこから鹿を「かせぎ」と呼ぶ説が生まれたのではないかと暗に示している。断定はせず「いかならむ」と問いの形で結ぶのは、証拠が足りないときの宣長の書き方である。古いと信じられている言葉でも、実際に古い用例があるかを確かめなければならない。
関連する章句
-
『玉勝間』六の巻 掛替万のわざに、掛替と云う物あり。これは弓の弦より起これることか、または車の牛より出でたるか。同じ記に、殿下北政所、春日社に参らしめ給う、予召しに依りて、懸替の牛一頭を引き献ずる、と有り。
-
『玉勝間』十四の巻 姓のかばねに骨ノ字を書る事姓のかばねを、後世に尸と書くは、いかがなるようなれども、続紀十八に、雀部の朝臣真人等が申せる文の中に、遂に骨名の緒を絶ちて、永く無源の氏と為らん、と云うこと有り。古えより骨とも、書きければ、尸の字も何事かあらむ。
-
『玉勝間』五の巻 機のかざりと云ふ物今の世機にかざりと云う物あるは、和名抄機の条に、機巧の処、和加豆利と有る、このわかづりを訛れる名なり。和名抄今の本には、利の字を和に誤れり、古き本に利とあり。
-
『玉勝間』十四の巻 仮字皇国の言を、古書どもに、漢文ざまに書けるは、仮字と云うもの無くして、せむかたなく止む事を得ざる故なり。今はかなと云う物ありて、自由に書かるるに、それを捨てて、不自由なる漢文を以て、書かむとするはいかなるひが心得ぞや。
-
『玉勝間』十三の巻 しののめの説同抄に、しののめ、能因が注に云く。明けはなるる程の空の雲の、しののめに似たるなりと有り、しののめに似たりと云うしののめは、何物を云えるにか。
-
『玉勝間』二の巻 歌書の註を抄となづくる事昔より、歌ぶみの註を抄と云いて、その名をも多く某抄とつくる。抄の字は、註釈にはあたらざれども、もろこしよりして、仏ぶみには、その書のさまにかかわらで、記とも集とも抄とも名づけたる、つねの事なれば、歌ぶみの註を抄と云うも、もと仏書の名どもにならえる物なるべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る