玉勝間 / 十四の巻 人の名の和ノ字の事
人の名に、和ノ字を、加受と訓むは誤なり。これは加都にて、都は清音なり。此言は、かてかつかつると活用て、物を和合ことなり。萬葉歌に醬酢爾蒜都伎合而とある、此合而なり。
新字:人の名に、和ノ字を、加受と訓むは誤なり。これは加都にて、都は清音なり。此言は、かてかつかつると活用て、物を和合ことなり。万葉歌に醬酢爾蒜都伎合而とある、此合而なり。
書き下し
人の名に、和の字を、かずと訓むは誤りなり。これはかつにて、つは清音なり。この言は、かてかつかつると活用きて、物を和合することなり。万葉歌に醤酢に蒜つき合てとある、この合而なり。
現代語訳
人の名で「和」の字を「かず」と訓むのは誤りである。これは「かつ」であって、「つ」は清音である。この言葉は「かて・かつ・かつる」と活用して、物を混ぜ合わせることである。『万葉集』の歌に「醤酢に蒜搗きかてて(醤と酢に蒜を搗き混ぜて)」とある、この「合而(かてて)」である。
解説
人名に用いる「和」の字の訓みについての短い考証である。当時「和」を「かず」と読ませる名が多かったのに対し、宣長は本来は「かつ」で、しかも「つ」は濁らないと正す。根拠は、混ぜ合わせる意の動詞「かつ」が「かて・かつ・かつる」と活用し、『万葉集』巻十六の「醤酢に蒜搗きかてて鯛願ふ我にな見えそ水葱の羹」に「合而」と書いて「かてて」と読むことである。「糧(かて)」や「かてて加えて」という言い方にも、この語の名残がある。名に用いる字の訓みは、ともすれば慣習や思いつきで決められがちだが、宣長は古い用例に立ち返って確かめるべきだとする。自分や子の名に込めた字の読みを、根拠をもって説明できるかという問いにつながる段である。
関連する章句
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