慎思録 / 巻之一
天地雖方于大寒大暑大風大雨迅雷地震大變之時。不失其太和。是以發育萬物。而生理不息。人雖方于艱難多事之時。窮困危變之時。遇横逆拂戾之事。不可忘從容自得。隨處而樂之工夫。中庸所謂君子素其位而行。無入而不自得者也。苟不如此。則與天地之和氣不相似。
新字:天地雖方于大寒大暑大風大雨迅雷地震大変之時。不失其太和。是以発育万物。而生理不息。人雖方于艱難多事之時。窮困危変之時。遇横逆払戻之事。不可忘従容自得。随処而楽之工夫。中庸所謂君子素其位而行。無入而不自得者也。苟不如此。則与天地之和気不相似。
書き下し
天地は大寒大暑、大風大雨、迅雷地震、大変の時に方ると雖も、其の太和を失はず。是を以て万物を発育して、生理息まず。人は艱難多事の時、窮困危変の時に方り、横逆払戻の事に遇ふと雖も、従容自得、随処にして之を楽しむの工夫を忘るべからず。中庸の所謂君子は其の位に素して行ひ、入るとして自得せざること無しといふ者なり。苟も此くの如くならざれば、則ち天地の和気と相似ず。
現代語訳
天地は、大寒・大暑・大風・大雨・激しい雷・地震といった大変事の時にあっても、その大いなる調和を失いません。だから万物を生み育て、生命のはたらきがやむことがありません。人も、困難が多く事の多い時、困窮し危険や変事のある時に当たり、理不尽で逆らうような事に出会っても、ゆったりと自ら満ち足り、どこにいてもそれを楽しむ工夫を忘れてはいけません。『中庸』のいう「君子はその置かれた位置に応じて行い、どこに入っても自ら満ち足りないことはない」というのがこれです。もしこうでなければ、天地の和やかな気と似ていないことになります。
解説
逆境にあっても心の和を失わないことを、天地のあり方に学べと説いた条です。天地は大災害の時でも根本の調和を失わず、生命を育て続けるという見方は、朱子学の太和の観念に基づきます。『中庸』第十四章の「其の位に素して行ふ」は、今置かれた境遇に応じて最善を尽くすという意味です。益軒は晩年に妻を亡くすなど多くの苦難を経ましたが、その中で楽しみを見出す工夫を説き続けました。困難な時期こそ、その場で楽しめることを探す姿勢の大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
和自得楽逆境中庸
関連する章句
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『慎思録』巻之五礼楽は、聖人の人に教ふるの具なり。故に曰く、礼楽は斯須も身を去るべからず、と。蓋し礼楽に本有り文有り。礼楽の文は繁多なりと雖も、然れども礼の本は是れ一箇の敬、楽の本は是れ一箇の和なり。礼、之を外に表せば、則ち制度品節と為り、楽、之を外に表せば、則ち詠歌舞蹈と為る。所謂礼楽の文なり。本無ければ則ち立たず、文無ければ則ち行はれず。故に礼楽は本と文とを兼ねて全備と為す。礼勝れば則ち離る。故に楽有るを要す。楽勝れば則ち流る。故に礼有るを要す。二者相済ふべく、一を闕くべからざるなり。
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『慎思録』巻之四君子は礼楽を以て修身の本と為す。礼楽に本有り文有り。是れ礼楽の本を指して言ふ。斯須も身を去るべからざる所以なり。蓋し礼は恭敬を以て本と為し、楽は和楽を以て本と為す。文有る者は其の末なり。礼楽を以て身を修むる者は、須らく恭敬和楽並び行はれて、相悖らざるべし。文の如き者は、又其の助けなり。固より其の助け無かるべからざるなり。而れども之を以て専務と為すべからず。
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『十七条憲法』第一条一に曰わく、和(わ)を以(も)って貴(たっと)しと為(な)し、忤(さから)うこと無きを宗(むね)と為(せ)よ。人は皆(みな)党(たむら)有り、亦(また)達(さと)れる者少なし。是(ここ)を以て、或(あるい)は君父(くんぷ)に順(したが)わず、乍(あるいは)隣里(りんり)に違(たが)う。然(しか)れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事(こと)を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、則(すなわ)ち事理(じり)自(おのずか)ら通(つう)ず。何事(なにごと)か成らざらん。