玉勝間 / 十四の巻 短籍
書紀ノ齊明天皇ノ御卷に、或本云、有間皇子與云云取短籍、ト謀反之事とある。短籍と云〓物、是れに始メて見えたり。ヒネリブミと訓り。續紀十の卷にも見え、其後の書共にも、をりをり見えたり。續紀なるも、ひねりぶみと云てよろし。されど此物、ひねりぶみには限らず。何事にまれ、唯だいささかの事を書ヲ物なり。但し歌を書くは、遙に後のことなり。
新字:書紀ノ斉明天皇ノ御巻に、或本云、有間皇子与云云取短籍、ト謀反之事とある。短籍と云〓物、是れに始メて見えたり。ヒネリブミと訓り。続紀十の巻にも見え、其後の書共にも、をりをり見えたり。続紀なるも、ひねりぶみと云てよろし。されど此物、ひねりぶみには限らず。何事にまれ、唯だいささかの事を書ヲ物なり。但し歌を書くは、遥に後のことなり。
書き下し
書紀の斉明天皇の御巻に、或本に云う、有間皇子と云云短籍を取りて、謀反の事をトうとある。短籍と云う物、これに始めて見えたり。ヒネリブミと訓めり。続紀十の巻にも見え、その後の書どもにも、おりおり見えたり。続紀なるも、ひねりぶみと云いてよろし。されどこの物、ひねりぶみには限らず。何事にまれ、ただいささかの事を書く物なり。但し歌を書くは、遥かに後のことなり。
現代語訳
『日本書紀』の斉明天皇の巻に、「ある本に言う。有間皇子と(中略)が短籍を取って、謀反のことを占った」とある。短籍という物は、ここに初めて見える。これを「ひねりぶみ」と訓んでいる。『続日本紀』の巻十にも見え、その後の書物にもときどき見える。『続日本紀』のものも「ひねりぶみ」と言ってよい。けれどもこの物は、ひねりぶみに限らない。何事であれ、ただちょっとしたことを書く物である。ただし歌を書くのは、ずっと後のことである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十の巻 たんざく三代実録廿七の巻に、短籍と見え、また卅五の巻に、短冊とも見えたり。但し歌を書く物にはあらず。
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『玉勝間』十一の巻 上つ代にも一種の文字有りけんと云ふ事近きころ或る書に云えるは、理を以てこれを推すに、上古必ず応に一種の文字有るべし、しからずんばその事由りて伝うる莫し。けだし文史の興るは、履中天皇の時に在るか。神武より履中に至るまで、既に数百載を歴たり、その間政治の沿革、上下の譜系、言語歌謡に至るまで、既に繁くかつ多し、いわんや開闢以降、恐らくは口伝の堪うる所に非ず。と云えり。一わたりは誰もみな、然思うべき事なれども、これはつねに文字をつかいならいて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思うからなり、文字無かりし世は、またさて事は足りて、思いのほかなる物にぞ有りけむ。さればもし上つ代の人に、この説を聞かせたらむには、かえりて笑いぬべきなり。
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『玉勝間』十の巻 しをり六帖に、山の題の歌に、「しおりして行かまし物をあいづ山いるよりまどう道と知りせば。しおりと云う物、これに見えたるなどや、始めならむ。なお古く有るか、覚えずなん。
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『玉勝間』十四の巻 仮字皇国の言を、古書どもに、漢文ざまに書けるは、仮字と云うもの無くして、せむかたなく止む事を得ざる故なり。今はかなと云う物ありて、自由に書かるるに、それを捨てて、不自由なる漢文を以て、書かむとするはいかなるひが心得ぞや。
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『玉勝間』十二の巻 檀紙と高檀紙とは別なる事同じ書に、御製の御懐紙、高檀紙か否かの事云云、御製は高檀紙に遊ばされ了んぬ、中殿の御会以前は、普通の檀紙に候か云云。
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『玉勝間』八の巻 端に反ノ字を書く事台記に、布三反、布二反など有り。その頃も、端を反と書りしなり。
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