玉勝間 / 十四の巻 異国の使に神酒を賜ふ事
同舒明天皇ノ御卷に、四年唐國使人高表仁等、到于難波津、云云、即日給神酒。玄蕃寮式にも、凡新羅客入朝者、給神酒、と有て、其神酒のことも、其釀酒料稻、大和國賀茂意-富纏-向倭-文四社、河內國恩智一社、和泉國安那志一社、攝津國住道伊-佐-具二社、各卅束、合二百四十束、送住道社、大和國片岡一社、攝津國廣田生田長田三社、各五十束、合二百束、送生田社、並令神部造、差中臣一人、充給酒使。釀生田社酒者、於敏賣崎給之、釀住道社酒者、於難波舘給之と見えたり。抑此神酒を蕃客に給ふこと、思ふに神功皇后の御世のゆゑよし有る事なるべし。
新字:同舒明天皇ノ御巻に、四年唐国使人高表仁等、到于難波津、云云、即日給神酒。玄蕃寮式にも、凡新羅客入朝者、給神酒、と有て、其神酒のことも、其醸酒料稲、大和国賀茂意-富纏-向倭-文四社、河内国恩智一社、和泉国安那志一社、摂津国住道伊-佐-具二社、各卅束、合二百四十束、送住道社、大和国片岡一社、摂津国広田生田長田三社、各五十束、合二百束、送生田社、並令神部造、差中臣一人、充給酒使。醸生田社酒者、於敏売崎給之、醸住道社酒者、於難波舘給之と見えたり。抑此神酒を蕃客に給ふこと、思ふに神功皇后の御世のゆゑよし有る事なるべし。
書き下し
同じく舒明天皇の御巻に、四年唐国の使人高表仁等、難波津に到る、云云、即日神酒を給う。玄蕃寮式にも、およそ新羅の客入朝せば、神酒を給え、と有りて、その神酒のことも、その醸酒の料稲、大和国賀茂・意富・纏向・倭文の四社、河内国恩智の一社、和泉国安那志の一社、摂津国住道・伊佐具の二社、各三十束、合わせて二百四十束は、住道社に送れ。大和国片岡の一社、摂津国広田・生田・長田の三社、各五十束、合わせて二百束は、生田社に送れ。並びに神部をして造らしめ、中臣一人を差して、酒を給う使に充てよ。生田社の酒を醸せるは、敏売崎に於て給い、住道社の酒を醸せるは、難波の館に於て給えと見えたり。そもそもこの神酒を蕃客に給うこと、思うに神功皇后の御世のゆえよし有る事なるべし。
現代語訳
同じ『日本書紀』の舒明天皇の巻に、「四年、唐の使者高表仁らが難波津に着いた。(中略)その日のうちに神酒を賜った」とある。『延喜式』の玄蕃寮式にも、「およそ新羅の客が来朝したときは神酒を賜え」とあって、その神酒について、「酒を醸す料の稲は、大和国の賀茂・意富・纏向・倭文の四社、河内国の恩智の一社、和泉国の安那志の一社、摂津国の住道・伊佐具の二社から、それぞれ三十束、合わせて二百四十束を住道社に送れ。大和国の片岡の一社、摂津国の広田・生田・長田の三社から、それぞれ五十束、合わせて二百束を生田社に送れ。いずれも神部に造らせ、中臣を一人差し向けて酒を賜う使いに当てよ。生田社で醸した酒は敏売崎で賜い、住道社で醸した酒は難波の館で賜え」と見える。そもそもこの神酒を外国の客に賜うことは、思うに神功皇后の御代に由来のあることなのであろう。
解説
関連する章句
-
『玉勝間』一の巻 中臣寿詞物部の人等、酒造児・酒波・粉走・灰焼・新採・相候・稲実公等、大嘗会の斎場に持ち斎わり参来て、今年十一月の中の卯の日に、ゆしりいつしり持ち恐み恐み、清まわり仕え奉り、月の内に日時を撰び撰び定めて献る悠紀・主基の黒木・白木の大御酒を、大倭根子天皇が天つ御膳の長御膳の遠御膳と、汁にも実にも赤丹の穂にも聞こしめして、豊の明りに明り御坐して、天つ神の寿詞を称辞定め奉る皇神等も、千秋五百秋の相嘗に相うづのい奉り、堅磐に常磐に斎い奉り、いかし御世に栄えしめ奉り、康治元年より始めて、大地・月・日と共に照らし明らし御坐す事に、本末傾けず茂し槍の中執り持ちて仕え奉る中臣祭主正四位上行神祇大副大中臣朝臣清親、寿詞を称辞定め奉らくと申す。
-
『玉勝間』十四の巻 こまのこきしを神子と詔り給へる事同じく孝徳天皇の御巻、高麗国の使に詔える大命に、明神と御宇す日本天皇の詔旨、天皇の遣わす所の使と、高麗の神の子の奉遣する所の使と云云、かの国王を、神の子とのたまえり。これも神とは、はじめ国を建てし神を云いて、子はその末のよしか、はた御みずから明神と詔えるに対えて、天皇の子と、親しみて詔えるか。いずれにまれ漢文の詔に、めずらしくおむかしき称にぞ有りける。
-
『玉勝間』十二の巻 いにしへ神事を重くせられし事書紀天智天皇の御巻に、九年三月、山の御井の傍らに於て、諸神の座を敷きて、幣帛を班つ、中臣金の連祝詞を宣る、と見えたり。そのかみ中臣の氏人は、ここら有りつらむに、金の連にしも、祝詞を宣らしめ給えるをもて、古え神事を、いみしく重くせられしほどを知るべし。この連公この時位は、大錦上にて、正四位上にあたれども、そのかみ第二の臣にて、明年正月に、右大臣に任ぜられて、いと重き人にぞ有りける。そもそもこの天皇は、殊にから御心におわしまして、万づにもろこしぶりをならい移されたる御世なりしかども、なお神事のやんごとなかりし事は、かくぞ有りし。
-
『玉勝間』十四の巻 神社の位階の事同じく天武天皇の御巻に、軍政既に訖りて、将軍等、この三神の教言を挙げて、これを奏す。即ち勅して三神の品を登げ進めて以て祠るとみえたる。品とは、位階を云えるか。もし然らばこれ、神社に位を授け奉り給うことの、物に見えたる始めと云うべし。されどこれは、必ずしも位階にはあらで、ただその社の班列をあげ給えるにも有るべし。三神の教言の事は、件の文の上に出でたり。
-
『玉勝間』六の巻 延喜式五十巻にして十巻は神祇式なる事延喜の式、すべて五十巻にして、はじめ十巻は神祇式なり。されば朝廷天の下の諸の公事のうち、五分が一つは神事にて有りし。これを以ても、古の神事のまつりごとの、重くしげく、盛んなりしほどを、思いはかるべし。もろこしの国などは、神を祭る事、いとおろそかにして、周の代よりこなたは、いよいよなおざりに思うめり。然るをこの神の御国の人、さる怠々しき戎国ぶりに思いならいて、よろしからめや。
-
『玉勝間』十四の巻 牛を殺して漢神を祭りし事続紀に、延暦十年九月、伊勢・尾張・近江・美濃・若狭・越前・紀伊等の国の百姓の、牛を殺して用いて漢神を祭るを断つと見えたる、漢神は、いかなる神にか有りけむ。書紀皇極天皇の元年にも、祝部どもの教えしによりて、牛馬を殺して、社々の神を祭りて、雨を祈りしこと見えたり。牛馬を殺して、神を祭れるは、もろこしの俗にならえると、谷川の士清も云えりき。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る