玉勝間 / 十四の巻 こまのこきしを神子と詔り給へる事
同孝德天皇ノ御卷、高麗國の使に詔へる大命に、明神御宇日本天皇詔旨、天皇所遣之使、與高麗神子、奉遣之使云云、かの國王を、神ノ子とのたまへり。これも神とは、はしめ國を建テし神を云ひて、子は其末のよしか、はた御みづから明神と詔へるに對へて、天皇の子と、親みて詔へるか。いづれにまれ漢文の詔に、めづらしくおむかしき稱にぞ有ける。
新字:同孝徳天皇ノ御巻、高麗国の使に詔へる大命に、明神御宇日本天皇詔旨、天皇所遣之使、与高麗神子、奉遣之使云云、かの国王を、神ノ子とのたまへり。これも神とは、はしめ国を建テし神を云ひて、子は其末のよしか、はた御みづから明神と詔へるに対へて、天皇の子と、親みて詔へるか。いづれにまれ漢文の詔に、めづらしくおむかしき称にぞ有ける。
書き下し
同じく孝徳天皇の御巻、高麗国の使に詔える大命に、明神と御宇す日本天皇の詔旨、天皇の遣わす所の使と、高麗の神の子の奉遣する所の使と云云、かの国王を、神の子とのたまえり。これも神とは、はじめ国を建てし神を云いて、子はその末のよしか、はた御みずから明神と詔えるに対えて、天皇の子と、親しみて詔えるか。いずれにまれ漢文の詔に、めずらしくおむかしき称にぞ有りける。
現代語訳
同じ『日本書紀』の孝徳天皇の巻で、高句麗の使者に下された詔に、「明神として天下を治める日本天皇の詔旨。天皇の遣わした使者と、高麗の神の子が遣わした使者とは云々」とあって、あの国の王を「神の子」とおっしゃっている。これも「神」とは初めに国を建てた神のことを言い、「子」はその子孫という意味であろうか。それとも、天皇ご自身を「明神」とおっしゃったのに対応させて、天皇の子として親しみを込めておっしゃったのであろうか。いずれにせよ、漢文の詔としては珍しく、好ましい呼び方である。
解説
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 男の名にも某子と云へる事又敏達の御巻なる糠手子の連を、崇峻の御巻には、糠手の連と見え、舒明御巻に、中臣の連弥気と有る人を、家の系図には、御食子の大連公と見え、又皇極の御巻に、巨勢の臣徳太とある人を、孝徳の御巻には、徳陀古とも有る、これらをもて見れば、子と云う事を、はぶきても添えても云えるも有しにや。
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