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玉勝間 / 十四の巻 巻頭つらつら椿十四

萬葉集の一の卷に、巨勢山のつらつら椿つらつらに、と云ふ歌を思ひ出て、われも詠めるは、世中をつらつら椿つらつらに思へばおもふことぞおほかるさるはわが身の上のうれへにもあらず。なべての世のたたずまひ、人のありさまの、善き惡しき事につけて、おふけなく思ふすぢの、心にこめ難きは、をりをり此卷卷にも、もらせるふしも多かれど、猶云ひても云ひても、つきすべくも有らずなむ。

新字:万葉集の一の巻に、巨勢山のつらつら椿つらつらに、と云ふ歌を思ひ出て、われも詠めるは、世中をつらつら椿つらつらに思へばおもふことぞおほかるさるはわが身の上のうれへにもあらず。なべての世のたたずまひ、人のありさまの、善き悪しき事につけて、おふけなく思ふすぢの、心にこめ難きは、をりをり此巻巻にも、もらせるふしも多かれど、猶云ひても云ひても、つきすべくも有らずなむ。

書き下し

万葉集の一の巻に、巨勢山のつらつら椿つらつらに、と云う歌を思い出でて、われも詠めるは、世の中をつらつら椿つらつらに思えばおもうことぞおおかる さるはわが身の上のうれえにもあらず。なべての世のたたずまい、人のありさまの、善き悪しき事につけて、おおけなく思うすじの、心にこめ難きは、おりおりこの巻々にも、もらせるふしも多かれど、なお云いても云いても、つきすべくも有らずなむ。

現代語訳

『万葉集』巻一に「巨勢山のつらつら椿、つらつらに」という歌があるのを思い出して、私も詠んだ歌は、「世の中をつらつら椿の名のように、つらつら(つくづく)と思えば、思うことの多いことだ」。それは我が身の上の憂いというのではない。世間一般のありさまや人の様子の、善いこと悪いことにつけて、身のほどもわきまえず思う筋のことで、心に収めておけないものは、折々この巻々にも漏らしてきた箇所が多いけれど、それでもなお、言っても言っても尽きそうにない。

解説

十四の巻の巻名「つらつら椿」の由来を記した巻頭の段である。『万葉集』巻一の「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」が、椿の名を「つらつら(つくづく)」に掛けた趣向を借りて、世の中をつくづく思えば思うことが多い、と自作を掲げる。その思いは一身の憂いではなく、世のありさまや人の善し悪しについてのもので、これまでの巻にも書いてきたが、言っても尽きないという。『玉勝間』は寛政五年から享和元年の没年まで書き継がれ、この巻は宣長の没後に遺稿から写し継がれた最後の巻である。晩年の宣長が、なお世を見つめ、言い尽くせぬ思いを抱えていたことが、この短い序にこもっている。思うことを書き留め続けることが、そのまま学者の生涯の仕事であった。

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