玉勝間 / 七の巻 巻頭ふぢなみ七
ある所にて、藤の花のいと面白く咲りけるを見て、あかず覺えければ、藤の花わが玉のをも松が枝にまつはれてみむ千世の春までと詠みたるを、そのまたの日、此卷を書くとて、例のなづけつ。かへらん人にと云ふ歌を思ひ出て、
新字:ある所にて、藤の花のいと面白く咲りけるを見て、あかず覚えければ、藤の花わが玉のをも松が枝にまつはれてみむ千世の春までと詠みたるを、そのまたの日、此巻を書くとて、例のなづけつ。かへらん人にと云ふ歌を思ひ出て、
書き下し
ある所にて、藤の花のいと面白く咲けりけるを見て、あかず覚えければ、藤の花わが玉のをも松が枝にまつわれてみむ千世の春までと詠みたるを、そのまたの日、この巻を書くとて、例の名づけつ。かえらん人にと云う歌を思い出でて、
現代語訳
ある所で、藤の花がたいそう見事に咲いているのを見て、いくら見ても見飽きない思いがしたので、「藤の花よ、私の命もあの松の枝にまつわりつく藤のようにからみついて、千年の春まで見ていたい」と詠んだ。その翌日、この巻を書くにあたって、いつものように(その藤にちなんで)巻に名を付けた。「かへらん人に」という古歌を思い出して。
解説
七の巻の巻頭に置かれた短い書き付けである。玉勝間は巻ごとに歌にちなむ名を付けており、この巻は藤の花から「ふぢなみ」と名づけられた。見飽きない藤を前に、命も松に絡む藤のようにして千年の春まで見たいと詠み、翌日その思いのまま巻名にしたという。末尾の「かへらん人に」は、古今集の遍昭の歌「よそに見てかへらむ人に藤の花はひまつはれよ枝は折るとも」を思い出したものと読める。自分の歌の「まつはれて」が古歌の「はひまつはれよ」と響き合うことに気づいたのである。考証と論争の多い玉勝間だが、その書き始めには季節の花と古歌がある。学問の書き物を、暮らしの実感と古人の言葉に結びつけて始める構えが見える。
関連する章句
-
『玉勝間』三の巻 巻頭(たちばな三)立ちよればむかしの誰と我ながらわが袖あやしたちばなのかげ。これは題よみのすずろ言なるを、とり出でたるは、ことさらめきて、いかにぞやもおぼゆれど、例の巻の名つけむとてなむ。
-
『玉勝間』二の巻 巻頭(桜の落葉二)なが月の十日ごろ、せんざいの桜の葉の、色こくなりたるが、物がなしきゆうべの風に、ほろほろとおつるを見て、よめる。花ちりし同じ梢をもみじにもまたものおもう庭ざくらかな これを拾いいれて、やがて巻の名としつ。
-
『玉勝間』九の巻 巻頭(花の雪九)やよいの頃、ある所にて、桜の花の、木本に散りしけるを見て、一とせ吉野に物せし時も、多くはこうようにこそ散りぬる程なりしかと、ふと思い出でられけるままに、ふみ分けし昔恋しきみよしのの山つくらばや花の白雪かきあつめて、例の巻の名としつ。雪の山つくられし事は、物に見えたり。
-
『玉勝間』十の巻 巻頭(山菅十)はてもなし云うべき事は云えど云えどなおやますげの乱れあいつつ。この野べのすさびよ、いとかくはかなき手習いを、ものものしく、巻ごとに名つけて、歌をさえに添えたるは、我ながらだに、あやしく覚ゆるを、おのずからも見む人は、まして如何にことごとしと思うらん。さるは初めの巻のはしに、ゆくりかに歌一つ物して、巻の名つけつるままに、つぎつぎも一つ二つ然かせしが、おのずから習いになりて、必ずさらでは得あらぬわざの如なりもてきぬるを、今さらにたがえむも、さすがにて、例のごと物するになむ。そもそのおりおり、思いうるままに、詠み出でもし、あるいは他事に詠みたるが有るをも、取り出でなどするを、につかわしく覚ゆるも、無きおりなど、今書かむとすとては、筆とりながら、思いめぐらすに、例の口おそさは、とみにも出でこで、しりくわえ勝ちなるも、あじきなく物くるおしきわざになん。この山菅も、かろうじてほり出でたる、さる歌のきたなげさよ。
-
『玉勝間』十四の巻 巻頭(つらつら椿十四)万葉集の一の巻に、巨勢山のつらつら椿つらつらに、と云う歌を思い出でて、われも詠めるは、世の中をつらつら椿つらつらに思えばおもうことぞおおかる さるはわが身の上のうれえにもあらず。なべての世のたたずまい、人のありさまの、善き悪しき事につけて、おおけなく思うすじの、心にこめ難きは、おりおりこの巻々にも、もらせるふしも多かれど、なお云いても云いても、つきすべくも有らずなむ。
-
『玉勝間』八の巻 巻頭(萩の下葉八)人はこず萩の下葉もかつ散りて嵐は寒し秋の山ざと、は文字を重ねたる、古えの歌どもを見て、ふとおかしきふしに覚えたるままに、われもいかでと詠み出たるなり。聞えてや有らむ、聞えずや有らむ。われは聞えたりと思うとも、人の見たらんには、いかが有らん、聞えずやあらむ、知らずかし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る