玉勝間 / 十三の巻 ほろと云ふ物
同紀十七の卷、對馬守小野朝臣春風起請の中に。軍旅之儲、啻在介冑、介冑雖薄、助以保侶、望請、縫造調布保侶衣千領、以備不虞と見ゆ。今の印本には、上なる侶ノ字を脫せる故に、語の意通えがたし。
新字:同紀十七の巻、対馬守小野朝臣春風起請の中に。軍旅之儲、啻在介冑、介冑雖薄、助以保侶、望請、縫造調布保侶衣千領、以備不虞と見ゆ。今の印本には、上なる侶ノ字を脱せる故に、語の意通えがたし。
書き下し
同紀十七の巻、対馬守小野朝臣春風の起請の中に。軍旅の儲えは、啻に介冑に在り、介冑薄しと雖も、助くるに保侶を以てす、望み請うらくは、調布の保侶衣千領を縫い造り、以て不虞に備えんことをと見ゆ。今の印本には、上なる侶の字を脱せる故に、語の意通えがたし。
現代語訳
同じ『三代実録』巻十七、対馬守小野朝臣春風の起請文の中に、「軍の備えはただ鎧兜にある。鎧兜が薄くても、保侶(ほろ)で補うのである。願わくは、調の布で保侶衣千領を縫い造って、不慮の事態に備えたい」と見える。今の刊本では、前の「侶」の字が脱落しているので、言葉の意味が通じにくい。
解説
武具の「母衣(ほろ)」の古い表記と、刊本の脱字を指摘した段である。母衣は鎧の背に負う布製の袋状の武具で、矢を防ぐ役割があった。対馬守小野春風は、新羅の海賊に備えて、調として納められた布で保侶衣を千領作るよう願い出ている。宣長は、今流布している刊本では一つ目の「侶」の字が落ちていて「保以て」のようになり、意味が通らなくなっていると指摘する。印刷された本であっても誤りは含まれており、写本と比べて本文を正す必要がある。宣長は正史のような重要な書物でも、流布本を無批判に信じなかった。一字の脱落が文意を損なうことを具体的に示して、本文の校訂の大切さを教える段である。
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