玉勝間 / 八の巻 ひたたれ
後撰集に、ひたたれ乞ひに遣はしけるに、うらなん無き、それはきじとや、いかがと云ひたれば、藤原ノ元輔、住吉のきじとはいはじおきつ浪猶うちかけようらはなくとも、台記ノ別記に、次召家行朝臣、賜比多多禮、(櫻萠黃)仰云、路頭定有寒氣、以之禦寒、云云と見え、兵範記に、久安五年十一月十一日、今日被行故姬宮周關御法事、云云、布施云云、織物直垂一領(故宮御衣)、また保元三年二月九日、聟取リのところに、男女相伴被入帳中、下官覆〓(直垂也)、宇治拾遺物語に、入てねむとするに、綿四五寸ばかりあるひたたれあり云云、此ひたたれひききて、ふしたる心云云、など有るを見れば、直垂はもと、綿を入れて、寒きをふせぐ物にて、衾にもしたりけむ。又昔は女もきたりしにや、後撰集に、裏なしと有るは、綿をつけて、裏の無きを云へるなるべし。
新字:後撰集に、ひたたれ乞ひに遣はしけるに、うらなん無き、それはきじとや、いかがと云ひたれば、藤原ノ元輔、住吉のきじとはいはじおきつ浪猶うちかけようらはなくとも、台記ノ別記に、次召家行朝臣、賜比多多礼、(桜萠黄)仰云、路頭定有寒気、以之禦寒、云云と見え、兵範記に、久安五年十一月十一日、今日被行故姫宮周関御法事、云云、布施云云、織物直垂一領(故宮御衣)、また保元三年二月九日、婿取リのところに、男女相伴被入帳中、下官覆〓(直垂也)、宇治拾遺物語に、入てねむとするに、綿四五寸ばかりあるひたたれあり云云、此ひたたれひききて、ふしたる心云云、など有るを見れば、直垂はもと、綿を入れて、寒きをふせぐ物にて、衾にもしたりけむ。又昔は女もきたりしにや、後撰集に、裏なしと有るは、綿をつけて、裏の無きを云へるなるべし。
書き下し
後撰集に、ひたたれ乞いに遣わしけるに、うらなん無き、それはきじとや、いかがと云いたれば、藤原の元輔、住吉のきじとはいわじおきつ浪猶うちかけようらはなくとも、台記の別記に、次に家行朝臣を召し、比多多礼(桜萌黄)を賜う、仰せて云う、路頭に定めて寒気有らん、之を以て寒を禦げ、云云と見え、兵範記に、久安五年十一月十一日、今日故姫宮の周闋の御法事を行わる、云云、布施云云、織物の直垂一領(故宮の御衣)、また保元三年二月九日、聟取りのところに、男女相伴いて帳中に入らる、下官〓を覆う(直垂なり)、宇治拾遺物語に、入てねむとするに、綿四五寸ばかりあるひたたれあり云云、此ひたたれひききて、ふしたる心云云、など有るを見れば、直垂はもと、綿を入れて、寒きをふせぐ物にて、衾にもしたりけむ。又昔は女もきたりしにや、後撰集に、裏なしと有るは、綿をつけて、裏の無きを云えるなるべし。
現代語訳
後撰集に、直垂を借りに使いをやったところ、「裏地がないが、それでは着まいというのか、どうか」と言ってきたので、藤原元輔が「住吉の岸とは言うまい、沖つ波はやはり打ちかけよ、浦はなくとも(着ないとは言うまい、裏はなくともやはり貸して掛けてくれ)」と詠んだ歌があり、台記の別記に「次に家行朝臣を召して、ひたたれ(桜萌黄)を賜った。仰せて言われるには、道中はきっと寒いだろう、これで寒さを防げ、云々」と見え、兵範記(平信範の日記)に「久安五年十一月十一日、今日、故姫宮の一周忌の御法事が行われた。云々。布施は云々、織物の直垂一領(故宮の御衣)」、また「保元三年二月九日」の聟取りのところに「男女が連れ立って帳台の中にお入りになった。私が〓(直垂である)をお掛けした」、宇治拾遺物語に「入って寝ようとすると、綿が四、五寸ほど入った直垂がある云々、この直垂を引きかぶって寝た心地は云々」などとあるのを見ると、直垂はもとは綿を入れて寒さを防ぐもので、夜具にもしたのであろう。また昔は女も着たのであろうか。後撰集に「裏なし」とあるのは、綿を付けて、裏地のないものを言ったのであろう。
解説
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 直綴と云ふ衣今の世に、直綴と云う法衣あり。同書延文二年四月のところに、この名見えたり。また同四年四月十五日、公賢の大臣のかしらおろし給う所にも、直衣を脱ぎ、次に法衣を着る、墨染の大直綴なり。その色濃しと見ゆ。
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『玉勝間』十一の巻 ゆかたびら、かたびら浴して着る衣を、俗にゆかたと云うは、同じ物語玉のかざりの巻に、御ゆかたびらと有る、これなり。ついでに云わむ。かたびらとは、今の世には、布の衣をのみ云えど、もとさには有らず。裏なく一重なる物を、何にまれ、かたびらとは云うなり。
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『玉勝間』十三の巻 ほろと云ふ物同紀十七の巻、対馬守小野朝臣春風の起請の中に。軍旅の儲えは、啻に介冑に在り、介冑薄しと雖も、助くるに保侶を以てす、望み請うらくは、調布の保侶衣千領を縫い造り、以て不虞に備えんことをと見ゆ。今の印本には、上なる侶の字を脱せる故に、語の意通えがたし。
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『玉勝間』八の巻 ほうしだてら俗に女などの似つかわしからぬわざするを、女たてらと云うことば有り。狭衣の物語に、或る法師の、女を盗みて、車に乗りて物する事を、ほうしだてら、斯くあながちなるわざをし給えば、と見えたり。
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『玉勝間』八の巻 十二ひとへ同じ書に、皇后宮の御方へわたらせ給えれば、宮は、中こき紅梅の十二の御ぞに、同じ色の御ひとえ、くれないの打ちたる、もえぎの御うわぎ、えびぞめの御こうちぎ、花山吹の御から衣、からのうす物の御も、けしきばかり引かけて云云と有り。俗に十二ひとえと云うは、此十二の御ぞに、同じ色の御ひとえ、と有る事より出たる名目にや有らむ。
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『玉勝間』十一の巻 中間と云ふものの事永仁三年にしるせる、布衣記と云うふみに、云云若党中間、跡に上下着て召し具す、また中間の事、折烏帽子小結常なり染直垂に大帷を重ね、袴には大口をかさね云云など云えり。然れば中間と云うもの、昔のは、今の世に云うとは、異なるものなりけむ。
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