玉勝間 / 八の巻 口状
三代實錄十三の卷、宣命の中に、口狀と云ふこと有リ、今の世に口上と云ふは是れなり。口狀を口上と書くは、物語書に、几帳を几丁、本性を本上と書けるたくひなり。
新字:三代実録十三の巻、宣命の中に、口状と云ふこと有リ、今の世に口上と云ふは是れなり。口状を口上と書くは、物語書に、几帳を几丁、本性を本上と書けるたくひなり。
書き下し
三代実録十三の巻、宣命の中に、口状と云うこと有り、今の世に口上と云うは是れなり。口状を口上と書くは、物語書に、几帳を几丁、本性を本上と書けるたぐいなり。
現代語訳
三代実録の巻十三、宣命の中に「口状」ということがある。今の世に「口上」と言うのはこれである。「口状」を「口上」と書くのは、物語の書物に「几帳」を「几丁」、「本性」を「本上」と書いている類である。
解説
口で述べ伝えることを言う「口上」の本来の字を論じた段である。宣長は、平安時代前期の正史である三代実録の宣命、つまり天皇の命令を和文で読み上げる文書の中に「口状」とあるのを見つけ、江戸時代の「口上」はこれだと指摘する。そして「状」を「上」と書くのは、物語の写本で「几帳」を「几丁」、「本性」を「本上」と書くのと同じ、音が同じ簡単な字に書き換えた類だとする。「口上」は、江戸時代には芝居の口上や使者の口上など、改まった場で述べる挨拶の意で広く使われていた。宣長は、よく知られた言葉の字が、本来は別の字であったことを、古い公文書から確かめた。同じ音の画数の少ない字で書き換えるのは、書き写す手間を省く工夫でもある。字の由来を確かめることで、口で述べる事柄という言葉本来の意味がはっきりと見えてくる段である。
関連する章句
-
『玉勝間』四の巻 奏寿宣命の儀三代実録十四に云う、貞観九年正月十七日、二品仲野親王薨ず云々、親王能く奏寿宣命の道を解す、音儀詞語、模範と為すに足る、当時の王公、その儀を識ること罕なり、参議藤原朝臣基経・大江朝臣音人に勅して、親王の六条の亭に就きて、その音詞曲折を受け習わしむ、故致仕左大臣藤原朝臣緒嗣、この義を親王に授く、親王襲い持ちて、師法を失わず、と見えたり。この文板本には、一くだりばかり脱けたるを、今は古き写本によりて書き出でつ。さて古えは、奏寿宣命の、後の世の如くなおざりならず、大事なりしこと、これにて知るべし。古き書籍目録に、宣命譜と云う物の見えたるも、その音詞曲折をしるせるふみなるべし。
-
『玉勝間』八の巻 貴下今世に、しょうそこ文の当名のかたわらに、貴下と書くこと有り。台記に、足下など云うべき所に、貴下と書かれたること所々に見えたり。
-
『玉勝間』八の巻 咄今の世に、物語を、はなしと云いて、咄の字を書けり、説文に咄は相謂うなりとしるし、文選なる、張景陽の詠史の詩に、咄此の蝉冕の客、君が紳に宜しく書かるべし、と有れば、字はかなえるを、はなしと云う言は、いかなる意にか。もしは放しか。
-
『玉勝間』十四の巻 仮字皇国の言を、古書どもに、漢文ざまに書けるは、仮字と云うもの無くして、せむかたなく止む事を得ざる故なり。今はかなと云う物ありて、自由に書かるるに、それを捨てて、不自由なる漢文を以て、書かむとするはいかなるひが心得ぞや。
-
『玉勝間』十一の巻 上つ代にも一種の文字有りけんと云ふ事近きころ或る書に云えるは、理を以てこれを推すに、上古必ず応に一種の文字有るべし、しからずんばその事由りて伝うる莫し。けだし文史の興るは、履中天皇の時に在るか。神武より履中に至るまで、既に数百載を歴たり、その間政治の沿革、上下の譜系、言語歌謡に至るまで、既に繁くかつ多し、いわんや開闢以降、恐らくは口伝の堪うる所に非ず。と云えり。一わたりは誰もみな、然思うべき事なれども、これはつねに文字をつかいならいて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思うからなり、文字無かりし世は、またさて事は足りて、思いのほかなる物にぞ有りけむ。さればもし上つ代の人に、この説を聞かせたらむには、かえりて笑いぬべきなり。
-
『玉勝間』十の巻 たんざく三代実録廿七の巻に、短籍と見え、また卅五の巻に、短冊とも見えたり。但し歌を書く物にはあらず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る