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玉勝間 / 十三の巻 天文博士連歌

ある天文博士が妻を、朝日のあじやりと云ふ僧、通ひすみけり。夫の他行のひまに、例の來て、うちとけてゐたるに、俄に夫歸りければ、逃ぐべきやう無くて、西の方のやり戶をあけて、にげけるを見つけて夫、「あやしくも西に朝日の出るかな、阿闍梨とりあへず、「天文博士いかが見るらむ、さて呼びとどめて、酒などのませ、連歌などして、許してけりと、沙石集に記せり。方もこそあれ、西のやり戶に、朝日のあざりに、天文ばかせ、みな此連歌せむ料に、殊更にまうけたるやうなるもをかし。

新字:ある天文博士が妻を、朝日のあじやりと云ふ僧、通ひすみけり。夫の他行のひまに、例の来て、うちとけてゐたるに、俄に夫帰りければ、逃ぐべきやう無くて、西の方のやり戸をあけて、にげけるを見つけて夫、「あやしくも西に朝日の出るかな、阿闍梨とりあへず、「天文博士いかが見るらむ、さて呼びとどめて、酒などのませ、連歌などして、許してけりと、沙石集に記せり。方もこそあれ、西のやり戸に、朝日のあざりに、天文ばかせ、みな此連歌せむ料に、殊更にまうけたるやうなるもをかし。

書き下し

ある天文博士が妻を、朝日のあじゃりと云う僧、通いすみけり。夫の他行のひまに、例の来て、うちとけていたるに、にわかに夫帰りければ、逃ぐべきよう無くて、西の方のやり戸をあけて、にげけるを見つけて夫、「あやしくも西に朝日の出ずるかな、阿闍梨とりあえず、「天文博士いかが見るらむ、さて呼びとどめて、酒などのませ、連歌などして、許してけりと、沙石集に記せり。方もこそあれ、西のやり戸に、朝日のあざりに、天文ばかせ、みなこの連歌せむ料に、殊更にもうけたるようなるもおかし。

現代語訳

ある天文博士の妻のもとに、朝日の阿闍梨という僧が通っていた。夫の外出中に、いつものようにやって来てくつろいでいたところ、急に夫が帰ってきたので、逃げようもなくて、西側の引き戸を開けて逃げ出したのを夫が見つけて、「不思議なことに、西に朝日が出たことだ」と詠みかけると、阿闍梨はとっさに「天文博士はこれをどう見るだろうか」と付けた。そこで夫は僧を呼び止めて酒などを飲ませ、連歌などをして許してやった、と『沙石集』に記している。方角もいろいろあるのに西の引き戸で、朝日という名の阿闍梨に、天文博士と、みなこの連歌を詠むために、わざわざ用意したかのようであるのも面白い。

解説

鎌倉時代の説話集『沙石集』から、妻のもとに通う僧を見つけた天文博士が、連歌の応酬で相手を許したという笑い話を引いた段である。西の戸から逃げる「朝日」の阿闍梨を見て、夫が「西に朝日の出ずるかな」と詠みかけ、僧が「天文博士いかが見るらむ」と付ける。天体の異変を占う天文博士の職と、ありえない現象とが見事にかみ合った即興である。宣長は、西の戸・朝日という名・天文博士と、すべてがこの連歌のために誂えたようだと面白がっている。宝剣の説話では厳しく仏者の作り事を退けた宣長だが、ここでは説話を素直に楽しんでいる。怒りを笑いと機知で収める大らかさに、中世の人々の心の余裕が感じられる。

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