玉勝間 / 十三の巻 をやみと云ふこと
をやみと云ふ詞、雨のみならず、源氏ノ物語の、上の若菜ノ卷に、朱雀院のみかどの、御やまひの事を、いとかくうちはへ、をやみなきさまには、おはしまさざりつるを云云と、病にも云へり。
新字:をやみと云ふ詞、雨のみならず、源氏ノ物語の、上の若菜ノ巻に、朱雀院のみかどの、御やまひの事を、いとかくうちはへ、をやみなきさまには、おはしまさざりつるを云云と、病にも云へり。
書き下し
おやみと云う詞、雨のみならず、源氏の物語の、上の若菜の巻に、朱雀院のみかどの、御やまいの事を、いとかくうちはえ、おやみなきさまには、おわしまさざりつるを云云と、病にも云えり。
現代語訳
「おやみ(小止み)」という言葉は、雨についてだけでなく、『源氏物語』若菜上の巻に、朱雀院の帝の御病気のことを「これほど長引いて、小止みもないご様子ではいらっしゃらなかったのに」云々と、病気についても言っている。
解説
「小止み(おやみ)」という言葉が、雨だけでなく病気についても使われたことを、『源氏物語』の用例から示した短い段である。今日「小止みなく降る」のように雨について言うのがふつうだが、平安時代には病状が一時おさまることにも用いられていた。言葉の使い道が時代とともに狭まり、特定の場面にだけ残るのはよくあることである。宣長は『源氏物語』を深く読み込み、『源氏物語玉の小櫛』を著して「もののあわれ」を説いたが、同時に語彙の用例の宝庫としても活用した。一つの用例を示すことで、言葉がもっと広く生きていた時代の姿がよみがえる。今の言葉の使い方を当たり前と思わず、昔の広がりを知ることは、古典を読む楽しみの一つでもある。
関連する章句
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