玉勝間 / 四の巻 また
同じ書に、云云、さてその次ぎの日の夕かた、月代ある入道、此房に來て、ひそかに申シ入れけるは、よべの强盜、入道になりて參りて候云云、と云へり。月代とは、昔は男のかしら、いただきのまへ額に近き所を、髮を半月の形に剃て有りし、是れを月代と云へるなり。さかやきと云ふも、もと此の月代の事なり。さて近くかしらおろしたる僧は、その月代の跡の、きはやかに殘りて有しなり。
新字:同じ書に、云云、さてその次ぎの日の夕かた、月代ある入道、此房に来て、ひそかに申シ入れけるは、よべの強盗、入道になりて参りて候云云、と云へり。月代とは、昔は男のかしら、いただきのまへ額に近き所を、髪を半月の形に剃て有りし、是れを月代と云へるなり。さかやきと云ふも、もと此の月代の事なり。さて近くかしらおろしたる僧は、その月代の跡の、きはやかに残りて有しなり。
書き下し
同じ書に、云々、さてその次ぎの日の夕かた、月代ある入道、この房に来て、ひそかに申し入れけるは、よべの強盗、入道になりて参りて候云々、と云えり。月代とは、昔は男のかしら、いただきのまえ額に近き所を、髪を半月の形に剃りて有りし、これを月代と云えるなり。さかやきと云うも、もとこの月代の事なり。さて近くかしらおろしたる僧は、その月代の跡の、きわやかに残りて有りしなり。
現代語訳
同じ書に、云々、「さてその翌日の夕方、月代(さかやき)のある入道がこの僧房に来て、ひそかに申し入れたことには、『昨夜の強盗が、入道になって参りました』」云々とある。月代とは、昔は男の頭の、頭頂の前の額に近い所の髪を半月の形に剃っていたもので、これを月代と言ったのである。「さかやき」と言うのも、もとはこの月代のことである。さて、最近頭を剃って出家した僧は、その月代の跡がくっきりと残っていたのである。
解説
関連する章句
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