玉勝間 / 四の巻 沙石集
無住法師が沙石集に云はく、ある上人、三人の子をうめり、三つの腹なり。初めのは、まめやかに忍びたる事にて、疑ひ有ければ、其子の名を、おもひもよらずとつく。次の腹のは、をりをりしのびて我房にも通ひければ、疑ひうすくして、名をさもあるらむとつく。後のは、うちはへて我房に置きければ、疑ひ無くて、名を子細無しとつけにけり。
書き下し
無住法師が沙石集に云わく、ある上人、三人の子をうめり、三つの腹なり。初めのは、まめやかに忍びたる事にて、疑い有りければ、その子の名を、おもいもよらずとつく。次の腹のは、おりおりしのびて我が房にも通いければ、疑いうすくして、名をさもあるらむとつく。後のは、うちはえて我が房に置きければ、疑い無くて、名を子細無しとつけにけり。
現代語訳
無住法師(鎌倉時代の僧)の沙石集に言う。ある上人が三人の子をもうけた。三人とも母が違う。初めの子は、まったく人目を忍んだ仲のことで、本当に自分の子か疑いがあったので、その子の名を「思いもよらず」とつけた。次の母の子は、時々忍んで自分の僧房にも通って来ていたので、疑いが薄く、名を「さもあるらむ(そうでもあろう)」とつけた。最後の子は、ずっと自分の僧房に置いていたので疑いがなく、名を「子細無し(間違いない)」とつけたのであった。
解説
沙石集から、ある上人の子の名づけの笑い話を抜き書きした一段である。妻帯を禁じられているはずの僧が三人の女に子を産ませ、自分の子かどうかの確かさに応じて「思いもよらず」「さもあるらむ」「子細無し」と名をつけた、という話である。宣長はここに何の評も加えていない。ただ、玉勝間の別の段では、欲を人の真心と認め、上辺を取り繕う僧や学者の偽りを突いている。建前の裏で人の情が露わになるこうした話を好んで書き留めたのは、その関心とつながっていよう。沙石集は鎌倉時代の無住が編んだ仏教説話集で、教えを説くために世俗の滑稽な話も多く収める。取り繕わない人の姿を、笑いとともに見つめる段である。
関連する章句
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