玉勝間 / 十三の巻 年号月日をあやに書るふるき例
源ノ爲憲の、天祿ノ歌合の跋のとぢめに、天祿といふ年はじまりて三とせの、秋のなかばなる月の、しもの十日に、いまふつかおきての事なりと書けり。年はじまりてと云へる事いかがなり。又いま二日おきてもいかゞ。
新字:源ノ為憲の、天禄ノ歌合の跋のとぢめに、天禄といふ年はじまりて三とせの、秋のなかばなる月の、しもの十日に、いまふつかおきての事なりと書けり。年はじまりてと云へる事いかがなり。又いま二日おきてもいかゞ。
書き下し
源の為憲の、天禄の歌合の跋のとじめに、天禄という年はじまりて三とせの、秋のなかばなる月の、しもの十日に、いまふつかおきての事なりと書けり。年はじまりてと云える事いかがなり。又いま二日おきてもいかが。
現代語訳
源為憲の『天禄の歌合』の跋文の結びに、「天禄という年号が始まって三年目の、秋の半ばの月(八月)の下旬の十日間に、あと二日を残しての事である」と書いている。「年はじまりて」と言っているのは妙である。また「いま二日おきて」も妙である。
解説
平安時代の学者源為憲が、歌合の記録の日付を、天禄三年八月二十八日とそのまま書かず、年号が始まって三年目の、秋半ばの月の下旬の、あと二日を残した日、と和文で技巧的に言い表したことを取り上げた段である。為憲は『口遊』『三宝絵』などを著した文人で、こうした凝った日付の書き方は、漢文の修辞を和文に移したものであろう。宣長は、「年はじまりて」「いま二日おきて」という言い方は不自然だと、短く疑問を呈している。飾り立てた表現が、かえって言葉の自然な使い方から外れてしまうことへの批評である。凝った言い回しより、分かりやすく正しい言葉を尊ぶ宣長の感覚が表れている。文章を飾ろうとして意味を曇らせないようにという戒めでもある。
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