玉勝間 / 四の巻 御と云ふ詞のつかひざまの一つ
源氏物語に、佛の御っかれうびんがの聲、御シひとつ腹、御シまへわたり、宮の御シ侍從の乳母、佛の御シ同じ帳臺、宮の御ノ二條の北ノ方、など有る是れらの御てふ詞、今の世の心にて思へば、佛のかれうびんがの御こゑ、ひとつ御はら、宮の侍從の御乳母、佛の同じ御帳臺、宮の二條の御北方、と云ふべきに、置きどころかはりて聞ゆ、心得おくべし。御シまへわたりも、御は、わたりへかかりて、前へはかからず。
新字:源氏物語に、仏の御っかれうびんがの声、御シひとつ腹、御シまへわたり、宮の御シ侍従の乳母、仏の御シ同じ帳台、宮の御ノ二条の北ノ方、など有る是れらの御てふ詞、今の世の心にて思へば、仏のかれうびんがの御こゑ、ひとつ御はら、宮の侍従の御乳母、仏の同じ御帳台、宮の二条の御北方、と云ふべきに、置きどころかはりて聞ゆ、心得おくべし。御シまへわたりも、御は、わたりへかかりて、前へはかからず。
書き下し
源氏物語に、仏の御かりょうびんがの声、御ひとつ腹、御まえわたり、宮の御侍従の乳母、仏の御同じ帳台、宮の御二条の北の方、など有るこれらの御ちょう詞、今の世の心にて思えば、仏のかりょうびんがの御こえ、ひとつ御はら、宮の侍従の御乳母、仏の同じ御帳台、宮の二条の御北の方、と云うべきに、置きどころかわりて聞こゆ、心得おくべし。御まえわたりも、御は、わたりへかかりて、前へはかからず。
現代語訳
源氏物語に、「仏の御迦陵頻伽の声」「御ひとつ腹」「御前わたり」「宮の御侍従の乳母」「仏の御同じ帳台」「宮の御二条の北の方」などとある、これらの「御」という言葉は、今の世の感覚で思えば、「仏の迦陵頻伽の御声」「ひとつ御腹」「宮の侍従の御乳母」「仏の同じ御帳台」「宮の二条の御北の方」と言うべきところを、置き所が変わって聞こえる。心得ておくべきである。「御前わたり」も、「御」は「わたり」へ係るのであって、「前」には係らない。
解説
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 口あかさぬと云ふことば今の世の言に、人に口あかさぬと云うこと有り、開口のこころばえなり。源氏の物語帚木の巻に、ざえのきわ、なまなまのはかせはずかしく、すべてくちあかすべくなむ侍らざりしと有り、古き詞なりけり。
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『玉勝間』十の巻 師をとると云ふ事源氏物がたりの紅葉賀の巻に、舞の師どもなど、世になべてならぬをとりつつ、おのおの籠りいてなん習いけると有り。世の言に、師匠をとる、弟子をとると云うも、古き事なりけり。
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『玉勝間』十の巻 源氏物語をよむ事のたとへ源氏物語とて、世にもて興ずる、五十四帖の草子とやらむ、心みに、なに事ぞと、くりひろげて見しかば、乱れたる糸すじの、口無きようにて、更に読み解かれ侍らぬは、いかにと問う。然かし、ただ慣れよ、のちのち見もて行かば、さながらまどいは果てじ。譬えて云わば、六月ばかり、いと暑き日かげを凌ぎ来たらむ人の、内に入りては、やみのうつつのさだかならで、物の色ふし、あやめも分かれねど、おること久しくなれば、じねんに、かのうつわ物、この調度と、こまかに見分かるるが如し、と同集の文に有り。この集は長嘯子の歌また文を集めたるふみなり。
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『玉勝間』十四の巻 御の字御の字の事、もろこしにては、その国の王の事ならでは云わず。臣下に云える事無し。この字即ち王の事をさして云えるが如し。皇国にては、みと云うにこの字をあてたれど、御は天皇に限らず。もとより下々にても尊みて広く云う言なり。大御と云うぞ、大かた天皇に限りて云える。神に申すは、すべて神は天皇とひとしく、御妻を后、御行を幸と云う類なり。されば大御と云うは、もろこしの御の字のつかいざまに近し。さて後には大御を音便にオオンと云いて、天皇にかぎらず広く云う事となり。又その後には、そのオオンのオを省きて、オンと云い、後には又ンをも省きて、オとのみ云う。今の俗には物に書きては、御の字をオンと云えども、口語にはオとのみ云えり。稀れ稀れにオミ帯、オミ袷、オミ足など云う事の有るは、大御てふ古言の、たまたまに残れるなり。されどこはなべてにはわたらぬ事なり。
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『玉勝間』十三の巻 歌を草書に書きし事源氏の物語椎本の巻に、宇治の八の宮の御歌、「山風に霞ふきとく声はあれどへだてて見ゆるおちの白浪、草にいとおかしう書き給えりとあり。草に書くとは、いわゆる万葉書きにて、草書に書くを云えり。かの頃も猶さること有りけらし。
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『玉勝間』五の巻 東宮の御息所 東宮の女御然るを師も、この俗称にまどわれたりと見えて、東宮の御息所とは、皇太子の嫡妃を申すなり。然るを皇太子の母儀を申すと、人々思えるは、その証有りや、と云われたる、これかえりてひが事なり。東宮の御母を申すことは、右の古今集、即ちその証ならずや。又東宮の女御と申せるも、その御母女御と云うことなるを以て、御息所も、然ることを知るべし。又源氏物がたりに、一のみこの女御、東宮の女御など有るも、みなその御母なる、これらもその証なるを、かえりてこれらを、転々して俗語のままに書けるなりと云い、かの古今集をさえ疑いて、さは申すまじき事なりとて、いたく強いたる考えを、あげられたるは、いかにぞや。これかえりて、みずからかの後の世の俗称にまどわれたるものなり。古えに東宮の妃を、御息所と申せる証ありや。有る事無し。その体と思われたるは、六条の御息所なるを、これ又かのまどいの心得たがいなり。その故は、かの六条の御息所と申すは、前坊の妃なるよしにて申すにはあらず。前坊の姫御子を生み給いて、その御母なる故に、御息所とはせるなり。天皇の女御更衣などの、御子生み給えるを、然か申すと同じ事なるをや。
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