玉勝間 / 八の巻 わらはやみをおこりと云ふ事又おこりび
同明月記に、二位殿御發心地、今日令發給とあり。又園大曆に春宮大夫瘧病、未落居、今日卽發日也。
新字:同明月記に、二位殿御発心地、今日令発給とあり。又園大暦に春宮大夫瘧病、未落居、今日即発日也。
書き下し
同じく明月記に、二位殿御発の心地、今日発らしめ給う、とあり。又園大暦に、春宮大夫瘧病、未だ落居せず、今日即ち発る日なり。
現代語訳
同じ明月記に「二位殿は御発(おこり)の心地で、今日発作が起こりなさった」とある。また園太暦に「春宮大夫は瘧病(わらわやみ)で、まだ治まらない。今日がちょうど発作の起こる日である」とある。
解説
瘧(わらわやみ)、すなわち周期的に高い熱を出す病を「おこり」と呼び、発作の日を「おこりび」と言ったことを、古記録から確かめた段である。わらわやみは今でいうマラリアにあたると考えられ、数日おきに悪寒と高熱の発作を繰り返す。源氏物語の若紫の巻で、光源氏が北山の聖のもとへ加持を受けに行くのもこの病のためであった。明月記の「発」、園太暦の「発日」は、病が「おこる」ことを字で書いたもので、江戸の俗語で瘧を「おこり」と呼ぶのはここから来ている。題に掲げながら本文では用例を示すだけだが、宣長は医師として日々病人を診ていた人であり、病の呼び名の由来には特に関心があったのだろう。古語と俗語、記録の漢字と話し言葉が一本の線でつながることを、短い用例で示している。
関連する章句
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『玉勝間』十三の巻 をやみと云ふことおやみと云う詞、雨のみならず、源氏の物語の、上の若菜の巻に、朱雀院のみかどの、御やまいの事を、いとかくうちはえ、おやみなきさまには、おわしまさざりつるを云云と、病にも云えり。
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『玉勝間』八の巻 はなたり病同じ記に、日来鼻垂の疾を患い、俄に身温まる、また鼻垂に依りて念珠せず、但し今日は温気無きなり、また鼻垂の後始めて念珠す(夜前浴す)など見えたり。風を引きたるを云うと聞ゆ。昨夜を夜前と云うことも、是れに見ゆ。
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『玉勝間』八の巻 しぬるを病死と云ふ事今の世、おおやけざまの文書などには、人の死ぬるを、病死と云うことなり。そもそも人は、病ならで死ぬるは、百千の中に、稀れに一人二人などこそ有べけれ、おしなべては、みな病て死ぬる事なれば、それをとり分けては云わでも有ぬべく覚ゆるを、これは昔みだれ世の頃は、戦いて死ぬるもの多かりし故に、病死は病死と、分けて云えりし時のならいのままなるべし。
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『玉勝間』十二の巻 としの始に病を歓楽と云ふ事園太暦に、貞和二年正月八日の所に。予風気相侵し仍りて歓楽の間、出座に及ばず、と見えたり。病を歓楽と云えること、これよりさきの物にも見えしように覚ゆ。
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『玉勝間』三の巻 福来病日本紀略に云う、天徳三年云云、今年人民頸腫る、世に福来病と号す、と見えたり。頸のふくらかなるより、かく云いなせしなるべし。長元二年九月十日ごろにも、又此病世におこりき。
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『玉勝間』一の巻 年ノ始に病を歓楽といふ事同書に云う、承元二年正月十一日云々、将軍家御歓楽に依りて、延びて今日に及ぶ、今の世にも、年のはじめには、病と云う事をいみて、御歓楽と云うならわしのこれり。
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