玉勝間 / 十三の巻 もなかと云ふ詞
童蒙抄に、「水の面にてる月なみを云云、もなかと詠めるを、時の人、和歌の詞とおぼえずと、難じけるを、歌がらのよければ、撰びに入れりと有リ。いにしへは、歌の詞をば、かばかり擇びしなり。
新字:童蒙抄に、「水の面にてる月なみを云云、もなかと詠めるを、時の人、和歌の詞とおぼえずと、難じけるを、歌がらのよければ、撰びに入れりと有リ。いにしへは、歌の詞をば、かばかり択びしなり。
書き下し
童蒙抄に、「水の面にてる月なみを云云、もなかと詠めるを、時の人、和歌の詞とおぼえずと、難じけるを、歌がらのよければ、選びに入れりと有り。いにしえは、歌の詞をば、かばかり選びしなり。
現代語訳
『和歌童蒙抄』に、「水の面に照る月の並み(波)を……」の歌で「もなか(最中)」と詠んだのを、当時の人が和歌の言葉とは思えないと非難したが、歌の品格がよいので勅撰集に選び入れられた、とある。古には、歌の言葉をこれほど選んだのである。
解説
『拾遺集』に載る源順の「水の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋のもなかなりける」の歌について、「もなか(最中)」という語が和歌の言葉らしくないと非難されたが、歌の品格がよいので勅撰集に入った、という『和歌童蒙抄』の記事を引いた段である。「最中」は漢語めいた、日常的な言葉と感じられたのであろう。宣長は、昔の人は歌の言葉をこれほど厳しく選んだのだと感心している。宣長は歌論において、歌は雅な言葉で詠むべきだとし、俗語や漢語を安易に歌に持ち込むことを戒めた。言葉の品位への感覚を鋭く保つことが、歌の美しさを守ることにつながる。今の言葉遣いにも、場にふさわしい言葉を選ぶ心配りとして通じる話である。
関連する章句
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