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玉勝間 / 十三の巻 諸国小社の祢宜祝の事

貞觀十年六月廿八日の格に、天長二年十二月甲子符倆、承前之例、諸國小社、或置祝无禰宜、或禰宜祝並置、舊例紛謬、准據无定。加之或國獨置女祝、永主其祭。右大臣宣旨、自今以後、禰宜祝並置社者、以女爲禰宜。但先置者、令終其身者また三代實錄に、貞觀七年五月廿五日、是日制。五畿七道諸神社祝部、停補白丁。以八位已上、及年六十已上人充之。先是置者、令終其身、自今以後、立チ爲恒例。

新字:貞観十年六月廿八日の格に、天長二年十二月甲子符倆、承前之例、諸国小社、或置祝无祢宜、或祢宜祝並置、旧例紛謬、准拠无定。加之或国独置女祝、永主其祭。右大臣宣旨、自今以後、祢宜祝並置社者、以女為祢宜。但先置者、令終其身者また三代実録に、貞観七年五月廿五日、是日制。五畿七道諸神社祝部、停補白丁。以八位已上、及年六十已上人充之。先是置者、令終其身、自今以後、立チ為恒例。

書き下し

貞観十年六月廿八日の格に、天長二年十二月甲子の符に偁く、承前の例、諸国の小社、或いは祝を置きて禰宜無く、或いは禰宜祝並べ置く、旧例紛謬し、准拠定まる無し。加之或る国は独り女祝を置きて、永くその祭を主らしむ。右大臣宣旨す、今より以後、禰宜祝並べ置く社は、女を以て禰宜と為せ。但し先に置く者は、その身を終えしめよ者また三代実録に、貞観七年五月廿五日、是の日制す。五畿七道の諸神社の祝部、白丁を補するを停む。八位已上、及び年六十已上の人を以てこれに充てよ。先に是れ置く者は、その身を終えしめ、今より以後、立てて恒例と為せ。

現代語訳

貞観十年六月二十八日の格に、「天長二年十二月甲子の太政官符に言う。これまでの例では、諸国の小さな社には、あるいは祝(はふり)を置いて禰宜がなく、あるいは禰宜と祝を並べて置いており、旧来の例が入り乱れて、よりどころが定まっていない。そのうえ、ある国ではただ女の祝だけを置いて、長くその祭を主らせている。右大臣が宣旨して言う。今後、禰宜と祝を並べて置く社では、女を禰宜とせよ。ただし前から置いている者は、その身の終わるまで務めさせよ」とある。また『三代実録』に、「貞観七年五月二十五日、この日制定した。五畿七道の諸神社の祝部に、無位の庶民を任じることをやめる。八位以上の者、および年六十以上の人をこれに充てよ。前から置いている者はその身の終わるまで務めさせ、今後はこれを定例とせよ」とある。

解説

諸国の小さな神社の神職の置き方について定めた、平安時代初めの法令を写した段である。禰宜と祝という神職の置き方がまちまちであったのを整理し、両方を置く社では女性を禰宜にせよと命じている。また、ある国では女性の祝だけが祭を主っていたことも記されている。さらに別の法令では、神職に無位の庶民を任じるのをやめ、位を持つ者か六十歳以上の者を充てるよう定めている。古代の神社では女性が祭祀の中心を担うことが少なくなかったことがうかがえる、興味深い記録である。宣長が論評を加えずに写したのは、神社の古い姿を知るための確かな史料と見たからであろう。いずれの令も、今いる者は身を終えるまで務めさせるという、現職への配慮を忘れていない点も目を引く。

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