玉勝間 / 十二の巻 神社修造の勅命
同紀に、貞觀六年六月廿七日辛亥、勅日、去年七月廿五日、頒下五畿井伊賀伊勢志摩遠江相模上總等國、云。鎭-護國家、消伏災害、尤是敬神祇、欽祭禮之所致也。是以格制頻下、警告慇勤。今諸國牧宰、不愼制旨、專任神主禰宜祝等、令神社破損、祭禮疎慢、神明由是發祟、國家以此招災。今欲令神社一時新加華筋、而經月踰年、未有修造、宜早加修餝、勿致重意。
新字:同紀に、貞観六年六月廿七日辛亥、勅日、去年七月廿五日、頒下五畿井伊賀伊勢志摩遠江相模上総等国、云。鎮-護国家、消伏災害、尤是敬神祇、欽祭礼之所致也。是以格制頻下、警告慇勤。今諸国牧宰、不慎制旨、専任神主祢宜祝等、令神社破損、祭礼疎慢、神明由是発祟、国家以此招災。今欲令神社一時新加華筋、而経月踰年、未有修造、宜早加修餝、勿致重意。
書き下し
同じ紀に、貞観六年六月廿七日辛亥、勅して曰く、去年七月廿五日、五畿并びに伊賀・伊勢・志摩・遠江・相模・上総等の国に頒ち下す、云う。国家を鎮護し、災害を消伏するは、尤もこれ神祇を敬い、祭礼を欽むの致す所なり。是を以て格制頻りに下し、警告慇懃なり。今諸国の牧宰、制旨を慎まず、専ら神主・禰宜・祝等に任せ、神社をして破損し、祭礼疎慢ならしむ、神明是に由りて祟りを発し、国家此を以て災いを招く。今神社をして一時に新たに華飾を加えしめんと欲するに、而るに月を経年を踰えて、未だ修造有らず、宜しく早く修飾を加え、重意を致すこと勿かるべし。
現代語訳
同じ紀(三代実録)に「貞観六年(864)六月二十七日辛亥、勅して言うには、『去年七月二十五日、五畿内と伊賀・伊勢・志摩・遠江・相模・上総などの国に(命令を)下した。そこで言うには、国家を鎮め護り、災害を消し去るのは、何よりも神祇を敬い、祭礼を慎み行うことによってもたらされる。それゆえ法令をたびたび下し、ねんごろに警告してきた。今、諸国の国司は勅旨を慎まず、もっぱら神主・禰宜・祝らに任せきりにして、神社を破損させ、祭礼をおろそかにしている。神々はそのために祟りを起こし、国家はこれによって災いを招いている。今、神社を一斉に新たに飾り整えさせようとしたが、月日を経て年を越えても、いまだに修造がなされていない。速やかに修理を加え、これ以上怠ることのないようにせよ』」とある。
解説
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 神わざのおとろへのなげかはしき事よろずよりも、世の中に願わしきは、いかでもろもろの神の社の衰えを、もて直し、もろもろの神わざを、おこさまほしくこそ。今の世の神の社・神事のさまは、おおかた中頃の乱れ世に、いたく衰えすたれたるままなるを、今の世の人は、ただ今のさまをのみ見て、古よりかかるものとぞ思いたんめる。まれまれ書を読む人なども、ただからぶみをのみむねとは読みて、その心もて、万ずをさだして、皇国の古き書どもをば、おさおさ読む人も無ければ、古の御世には、神社・神事を、むねと重くし給いし事をば知らず。また稀れには知れる人も有れども、なお今の世のならいにまぎれては、古を思いくらべて、これを深く歎く人の無きこそ、いと悲しけれ。
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