玉勝間 / 六の巻 延喜式五十巻にして十巻は神祇式なる事
延喜の式、すべて五十卷にして、はじめ十卷は神祇式なり。されば朝廷天の下の諸の公事のうち、五分が一つは神事にて有し。これを以ても、古、神事のまつりごとの、重くしげく、盛なりしほどを、思ひはかるべし。もろこしの國などは、神を祭る事、いとおろそかにして、周の代よりこなたは、いよいよなほざりに思ふめり。然るを此神の御國の人、さる怠怠しき戎國ぶりに思ひならひて、よろしからめや。
新字:延喜の式、すべて五十巻にして、はじめ十巻は神祇式なり。されば朝廷天の下の諸の公事のうち、五分が一つは神事にて有し。これを以ても、古、神事のまつりごとの、重くしげく、盛なりしほどを、思ひはかるべし。もろこしの国などは、神を祭る事、いとおろそかにして、周の代よりこなたは、いよいよなほざりに思ふめり。然るを此神の御国の人、さる怠怠しき戎国ぶりに思ひならひて、よろしからめや。
書き下し
延喜の式、すべて五十巻にして、はじめ十巻は神祇式なり。されば朝廷天の下の諸の公事のうち、五分が一つは神事にて有りし。これを以ても、古の神事のまつりごとの、重くしげく、盛んなりしほどを、思いはかるべし。もろこしの国などは、神を祭る事、いとおろそかにして、周の代よりこなたは、いよいよなおざりに思うめり。然るをこの神の御国の人、さる怠々しき戎国ぶりに思いならいて、よろしからめや。
現代語訳
延喜式はすべて五十巻で、初めの十巻は神祇式である。だから朝廷と天下のもろもろの公事のうち、五分の一は神事であった。これによっても、古に神事のまつりごとが重く、頻繁で、盛んであったほどを推し量るべきである。唐の国などは神を祭ることがたいそうおろそかで、周の時代以降はいよいよなおざりに思っているようだ。それなのにこの神の御国の人が、そのような怠慢な異国風に思い慣れて、よいものだろうか。
解説
関連する章句
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『玉勝間』六の巻 天の下の政神事をさきとせられし事職員令に、神祇官を、もろもろの官のはじめに、まず挙げて、それが次に、太政官を挙げられたり。延喜式も、同じくはじめに神祇式、次に太政官式なり、後の世ながら、北畠の准后の職原抄も、令にならいて、ついでられたり。そもそもよろずの事、さばかり唐の国ぶりをならい給えりし御世にしも、かく有りしは、さすがに神の御国のしるしにて、いともいとも尊く、めでたきわざになむ有りける。世の中は何につけても、この心ばえこそ有らまほしけれ。
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『玉勝間』十二の巻 いにしへ神事を重くせられし事書紀天智天皇の御巻に、九年三月、山の御井の傍らに於て、諸神の座を敷きて、幣帛を班つ、中臣金の連祝詞を宣る、と見えたり。そのかみ中臣の氏人は、ここら有りつらむに、金の連にしも、祝詞を宣らしめ給えるをもて、古え神事を、いみしく重くせられしほどを知るべし。この連公この時位は、大錦上にて、正四位上にあたれども、そのかみ第二の臣にて、明年正月に、右大臣に任ぜられて、いと重き人にぞ有りける。そもそもこの天皇は、殊にから御心におわしまして、万づにもろこしぶりをならい移されたる御世なりしかども、なお神事のやんごとなかりし事は、かくぞ有りし。
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『玉勝間』三の巻 新任国司庁宣神事を先キとする事朝野群載に云う、初任国司庁宣、新司宣す 加賀国在庁官人雑任等、仰せ下す三箇条の事、一つ早く神宝の勘文を進上すべき事、右件の神宝、或いは京に於いて之を儲け、或いは国に於いて之を調うる者、且つは勘文を進上し、且つは其の勤めを致すべし、又恒例の神事、慥かに式日を守り、殊に勤行すべし、一つ云云、一つ云云、延喜十年月日。また庁宣す 但馬国在庁官人等、仰せ下す雑事、一つ恒例の神事を勤仕すべし、右国中の政は、神事を先と為す、専ら如在の厳奠を致し、須らく部内の豊穏を期すべし云云、年月日。いにしえは、諸国にても、神事を重くせられしこと、かくの如し。
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『玉勝間』一の巻 から国の官神事と喪事とをかね行ふ事周礼と云うから書を見れば、大祝・小祝の官、もろもろの神祇祭祀の事をあづかり掌り、また喪事をもあづかり掌るよし云えり。生きたると死にたると、浄きと穢きとのわき無くして、皇国のこころより見れば、いともいとも穢らわしき国俗なりけり。
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『玉勝間』十三の巻 諸国小社の祢宜祝の事貞観十年六月廿八日の格に、天長二年十二月甲子の符に偁く、承前の例、諸国の小社、或いは祝を置きて禰宜無く、或いは禰宜祝並べ置く、旧例紛謬し、准拠定まる無し。加之或る国は独り女祝を置きて、永くその祭を主らしむ。右大臣宣旨す、今より以後、禰宜祝並べ置く社は、女を以て禰宜と為せ。但し先に置く者は、その身を終えしめよ者また三代実録に、貞観七年五月廿五日、是の日制す。五畿七道の諸神社の祝部、白丁を補するを停む。八位已上、及び年六十已上の人を以てこれに充てよ。先に是れ置く者は、その身を終えしめ、今より以後、立てて恒例と為せ。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事ふるき神の社の、今は絶えたる、また絶えざれども、定かならず成りぬるなど、いずくにも多かるは、いと悲しきわざなり。神祇官の帳にのれるなどは、欠けてもさは有るまじきわざなるを、中頃の世の乱れに、天の下のよろずの事も、古の掟も、皆みだれに乱れ、絶え失せに絶え失せにたる、万ずにつけて、いともいともかなしきは、乱れ世のしわざなりけり。さるを今の御世は、古えにも稀なるまで、よく治まりて、いともめでたく、天の下栄えに栄ゆるままに、よろずに古をたずねて、絶えたるを起こし、おとろえたるを直し給う御世にし有れば、神の社どもは、殊に古に立ちかえりて、栄ゆべき時なりけり。しか有るにつけては、絶えたるは、跡をだに定かに尋ねまほしく、また今も有りながら、さだかならず、疑わしきをば、よく考え尋ねて、確かにそれと、定め知らまほしきわざになむ有りける。次には神の社ならぬも、古えに名あるところどころ、歌枕なども、今は定かならぬが多かるは、かかるめでたき時世にあたりて、尋ね置かまほしきわざなり。
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