玉勝間 / 十三の巻 ふくさと云ふ事
田中ノ道麻呂が云へるは、近江美濃尾張などにて、物のやはらかなる事を、ふくさと云ふ。又衣を洗ひて、いまだ糊をつけざるを、ふくさめ物と云ひ、洗ひて糊をつけずて置くを、ふくさめておくと云ふ。又物の多き事をも、ふくさなると云ふと云へり。
書き下し
田中の道麻呂が云えるは、近江美濃尾張などにて、物のやわらかなる事を、ふくさと云う。又衣を洗いて、いまだ糊をつけざるを、ふくさめ物と云い、洗いて糊をつけずて置くを、ふくさめておくと云う。又物の多き事をも、ふくさなると云うと云えり。
現代語訳
田中道麻呂が言うには、近江・美濃・尾張などでは、物の柔らかなことを「ふくさ」と言う。また着物を洗ってまだ糊をつけていないものを「ふくさめ物」と言い、洗って糊をつけずに置いておくことを「ふくさめておく」と言う。また物の多いことも「ふくさなる」と言う、と言った。
解説
門人の田中道麻呂から聞いた、近江・美濃・尾張あたりの方言「ふくさ」について書き留めた段である。柔らかいこと、洗って糊をつけていない布、さらに物が多いことまでを「ふくさ」と言うという。茶道で使う袱紗も、もとは柔らかい絹の布の意味で、同じ語から来ている。「ふくさ」は古く「ふくさ物」などの形で、糊をつけない柔らかな衣を指した言葉であった。宣長は、都ではすたれた古い言葉が地方の話し言葉に残っていることが多いと考え、各地の門人から方言の報告を集めた。この巻の後半にも道麻呂から聞いた話がいくつか続く。身近な方言にこそ古い日本語の姿が保たれているという視点は、宣長の言語研究を支える大事な柱であった。
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事いずれの国にても、しず山がつの云う言は、よこなまりながらも、多く昔の言を云い伝えたるを、人繁くにぎわわしき里などは、他国人も入りまじり、都の人なども、事にふれて来通いなどする程に、おのずからここかしこの詞を聞きならいては、おのれも言撰りして、なまさかしき今ように移り易くて、昔ざまに遠く、なかなかにいやしくなんなりもて行くめる。まことや同じ肥後の国の、またの人の云える、かの国にて、ひきがえると云う物を、たんがくと云うなるは、古のたにぐくの訛りなるべく覚ゆ、と語りしはまことに然かなるべし。このたぐいの事、国々になお聞ける事多かるを、今はふと思い出でたる事を云うなり、なお思い出でむままに、またも云うべし。
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『玉勝間』十一の巻 中間と云ふものの事永仁三年にしるせる、布衣記と云うふみに、云云若党中間、跡に上下着て召し具す、また中間の事、折烏帽子小結常なり染直垂に大帷を重ね、袴には大口をかさね云云など云えり。然れば中間と云うもの、昔のは、今の世に云うとは、異なるものなりけむ。
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『玉勝間』八の巻 おひなる女の詞に、人の寝たるが起くる事を、おひなると云う。伊勢などにては、おひるなると云う。
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『玉勝間』五の巻 ふとん今の世に、寝る所に敷く物を、布団と云うは、古え布単と云いし物あり、布毯とも書きたり。この物より転れる名なるべし。
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『玉勝間』七の巻 ゐなかに古への雅言ののこれる事すべて田舎には、古の言の残れること多し、殊に遠き国人の云う言の中には、面白き事どもぞまじれる。おのれ年頃心をつけて、遠き国人の、とぶらい来たるには、必ずその国の詞を問い聞きもし、その人の云う言をも、心とどめて聞きもするを、なお国々の詞どもを、あまねく聞きあつめなば、いかに面白きこと多からん。近き頃、肥後の国人のきたるが、云うことを聞けば、世に見える聞えるなど云うたぐいを、見ゆる聞こゆるなどぞ云うなる。こは今の世には絶えて聞こえぬ、雅びたることばづかいなるを、その国にてはなべてかく云うにやと問いければ、ひたぶるの賤山がつは皆、見ゆる、きこゆる、さゆる、たゆる、などように云うを、少し言葉をもつくろう程の者は、多くは見える、聞える、とように云うなり、とぞ語りける。そはなかなか今の世の俗き云いざまなるを、なべて国々の人の云うから、そを善き事と心得たるなんめり。
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『玉勝間』七の巻 くぐつくぐつも有り、くくと云う、縄して組みて、小道具など入るる物なりと語りき。
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