玉勝間 / 十三の巻 式乾門院のよみ
式乾門院は、つねにしきけんと訓むを、阿佛尼の十六夜ノ日記に、假字に、しきかむもんゐんのみくしげどのと書たり。これ正しきにや有らむ。いかが有らむ。
新字:式乾門院は、つねにしきけんと訓むを、阿仏尼の十六夜ノ日記に、仮字に、しきかむもんゐんのみくしげどのと書たり。これ正しきにや有らむ。いかが有らむ。
書き下し
式乾門院は、つねにしきけんと訓むを、阿仏尼の十六夜の日記に、仮字に、しきかんもんいんのみくしげどのと書きたり。これ正しきにや有らむ。いかが有らむ。
現代語訳
式乾門院は、ふつう「しきけん」と訓むが、阿仏尼の『十六夜日記』に、仮名で「しきかんもんいんのみくしげどの」と書いている。これが正しいのであろうか。どうであろうか。
解説
後高倉院の皇女で女院となった式乾門院の読みについて、世間では「しきけんもんいん」と読むが、阿仏尼の『十六夜日記』には仮名で「しきかんもんいん」と書かれていると指摘した短い段である。同時代の人が仮名で書き残した読みは、後世の慣用読みより信頼できる手がかりになる。とはいえ宣長は一例だけで断定せず、「これ正しきにや有らむ。いかが有らむ」と問いの形で結んでいる。漢字で書かれた名の読みは、書物では字しか残らないため失われやすい。仮名書きの資料は、音を直接伝える貴重な証拠なのである。確かめきれないことを、確かめきれないまま書き留めておくのも、後の人への誠実な引き継ぎといえる。
関連する章句
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『玉勝間』五の巻 くちろん阿仏尼のうたたねに云わく、御まえは人の手をにげいで給うか、又くちろんなどをし給いたりけるにか云云、人をうらむるにも有らず、又くちろんとかやをもせず、と有り。今の世には、この口論を、もじごえにこうろんと云うなり。
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