玉勝間 / 十三の巻 歌合と云ふ事のはじまり
歌合と云ふわざは、いづれの御世の頃よりかはじまりけむ。古今集に、仁和の中將ノ御息所の家の歌合と云ふこと見え、新勅撰集夏ノ部に、中納言行平ノ家のうた合、又戀三に、陽成院ノ歌合など見えたり。これら寬平よりさきなり。
新字:歌合と云ふわざは、いづれの御世の頃よりかはじまりけむ。古今集に、仁和の中将ノ御息所の家の歌合と云ふこと見え、新勅撰集夏ノ部に、中納言行平ノ家のうた合、又恋三に、陽成院ノ歌合など見えたり。これら寛平よりさきなり。
書き下し
歌合と云うわざは、いずれの御世の頃よりかはじまりけむ。古今集に、仁和の中将の御息所の家の歌合と云うこと見え、新勅撰集夏の部に、中納言行平の家のうた合、又恋三に、陽成院の歌合など見えたり。これら寛平よりさきなり。
現代語訳
歌合という催しは、どの御代の頃から始まったのであろうか。『古今集』に「仁和の中将の御息所の家の歌合」ということが見え、『新勅撰集』夏の部に「中納言在原行平の家の歌合」、また恋の三に「陽成院の歌合」などが見える。これらは寛平(宇多天皇の代の年号)より前である。
解説
歌合の始まりを問う短い段である。歌合は左右に分かれて歌を詠み比べ、判者が勝ち負けを定める催しで、一般には宇多天皇の時代の「寛平御時后宮歌合」などが古い例として知られている。宣長はそれより前の例として、『古今集』に見える仁和の御息所の家の歌合、『新勅撰集』に見える在原行平の家の歌合や陽成院の歌合を挙げ、起源をさらにさかのぼらせている。答えを断定せず、確かな用例を示して問いを開いたままにする書き方は、『玉勝間』の考証によく見られる。歌合は後に和歌の優劣を論じる歌論の土台となり、題詠や判詞の伝統を生んだ。何事にも通説より古い始まりがありうると考え、資料を当たって確かめる姿勢を示す段である。
関連する章句
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『玉勝間』四の巻 歌合よみ人の名をかくす事同書に、法性寺殿(忠通公)の御事を云えるところに、まだおさなくおわしましし時より、歌合など朝ゆうの御あそびにて、基俊・俊頼など云う、時の歌詠みどもに、名かくして判せさせなど、せさせ給う事、たえざりけり、と云えり。名かくすとは、詠み人の名か、判者の名か。
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『玉勝間』三の巻 歌のまけわざ同書に、応和二年八月廿日、殿上の侍臣、和歌の負態を設く、去る五月庚申の夜、男女房和歌を献ず、男方負く仍て為す所なり。
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