玉勝間 / 十二の巻 焼尾荒鎮と云ふこと祓除神宴に酒食を求め被物を責る事
同紀に、同八年正月廿三日庚子、勅禁斷諸司諸院諸家諸所之人、燒尾荒鎭、井責人求飲、及臨時群飲、祓除責被物、日、撰格所起請〓云云、諸司諸院諸家諸所之人、新拜官職初就進仕之時、一號荒鎭、一稱燒尾、自此之外、責人求飮云云、若期約相違、終至陵轢、營設不具、定爲罵辱、云云、禁断諸家諸人祓除神宴之日、諸衛府舍人、及放縱之輩、求酒食責被物。亦同前起請爾、諸家諸人、至于六月十二月ハ必有祓除神宴事、絃歌醉舞、欲悅神靈。而諸衛府舍人、井放縱之輩、不緣主招、好備賓伍、侵幕爭入、突門自臻、初來之時、似愛酒食、臨將歸却、更責被物、其求不給、忿訟冒辱、或託神言咀恐喝主人、如是濫惡、逐年惟新、推彼意況、不異群盗、豪貴之家、尙無相憚、何况於無勢無告之輩哉。是而不糺、何云國憲。望請、嚴仰所司、一切禁遏者若有犯者、不論蔭牘、坐從髠鉗但五位已上、及六位已下把笏者、一如上條、又知見不糺之人、必將科違勅罪如不堪相投者、須錄其名、進所司と見ゆ。斯かる類の事、そのかみも有けるにこそ。
新字:同紀に、同八年正月廿三日庚子、勅禁断諸司諸院諸家諸所之人、焼尾荒鎮、井責人求飲、及臨時群飲、祓除責被物、日、撰格所起請〓云云、諸司諸院諸家諸所之人、新拝官職初就進仕之時、一号荒鎮、一称焼尾、自此之外、責人求飲云云、若期約相違、終至陵轢、営設不具、定為罵辱、云云、禁断諸家諸人祓除神宴之日、諸衛府舎人、及放縦之輩、求酒食責被物。亦同前起請爾、諸家諸人、至于六月十二月ハ必有祓除神宴事、絃歌酔舞、欲悦神霊。而諸衛府舎人、井放縦之輩、不縁主招、好備賓伍、侵幕争入、突門自臻、初来之時、似愛酒食、臨将帰却、更責被物、其求不給、忿訟冒辱、或託神言咀恐喝主人、如是濫悪、逐年惟新、推彼意況、不異群盗、豪貴之家、尚無相憚、何況於無勢無告之輩哉。是而不糺、何云国憲。望請、厳仰所司、一切禁遏者若有犯者、不論蔭牘、坐従髠鉗但五位已上、及六位已下把笏者、一如上条、又知見不糺之人、必将科違勅罪如不堪相投者、須録其名、進所司と見ゆ。斯かる類の事、そのかみも有けるにこそ。
書き下し
同じ紀に、同じ八年正月廿三日庚子、勅して諸司・諸院・諸家・諸所の人の、焼尾荒鎮、并びに人を責めて飲を求め、及び臨時の群飲、祓除に被物を責むることを禁断す、曰く、撰格所の起請に云う云云、諸司・諸院・諸家・諸所の人、新たに官職を拝し初めて進仕に就くの時、一には荒鎮と号し、一には焼尾と称す、これより外、人を責めて飲を求む云云、若し期約相違えば、終に陵轢に至り、営設具わらざれば、定めて罵辱を為す、云云、諸家諸人の祓除神宴の日、諸衛府の舎人、及び放縦の輩の、酒食を求め被物を責むることを禁断す。また前の起請に同じく、諸家諸人、六月十二月に至りては必ず祓除神宴の事有り、絃歌酔舞して、神霊を悦ばしめんと欲す。而るに諸衛府の舎人、并びに放縦の輩、主の招きに縁らず、好みて賓の伍に備わり、幕を侵して争い入り、門を突きて自ら臻る、初め来たる時は、酒食を愛するに似て、将に帰却せんとするに臨みて、更に被物を責む、その求め給わざれば、忿り訟え冒し辱め、或いは神言に託して主人を咀い恐喝す、かくの如き濫悪、年を逐いて惟れ新たなり、彼の意況を推すに、群盗に異ならず。豪貴の家すら、なお相憚ること無し、何ぞ況や無勢無告の輩に於いてをや。是にして糺さずんば、何ぞ国憲と云わん。望み請うらくは、厳しく所司に仰せて、一切禁遏せんことを、若し犯す者有らば、蔭贖を論ぜず、坐して髠鉗に従え、但し五位已上、及び六位已下の笏を把る者は、一に上の条の如くせよ、また知りて見て糺さざるの人は、必ず違勅の罪を科せん、若し相投ぐるに堪えざれば、須くその名を録して、所司に進むべし、と見ゆ。かかる類いの事、そのかみも有りけるにこそ。
現代語訳
同じ紀(三代実録)に「同じく(貞観)八年(866)正月二十三日庚子、勅して、諸官司・諸院・諸家・諸所の人々が、焼尾・荒鎮をすること、ならびに人に強要して酒を求めること、臨時に群れて飲むこと、祓の際に被物(かずけもの)を強要することを禁じた。その勅に言う、『撰格所の起請によれば……諸官司・諸院・諸家・諸所の人々が、新たに官職を拝して初めて出仕するときに、一つには荒鎮と名づけ、一つには焼尾と称して(祝宴を強い)、このほかにも人に強要して酒を求める……もし約束に違えば、ついには侮り踏みにじるに至り、もてなしの支度が整わなければ、必ず罵り辱める……。諸家・諸人の祓の神宴の日に、諸衛府の舎人や勝手気ままな連中が酒食を求め、被物を強要することを禁じる。また同じく前の起請によれば、諸家・諸人は六月と十二月には必ず祓の神宴があり、管弦に歌い酔って舞い、神霊を喜ばせようとする。ところが諸衛府の舎人や勝手気ままな連中が、主人の招きもないのに好んで客の列に加わり、幕を押し分けて争って入り込み、門を突き破って自分からやって来る。来たばかりのときは酒食を好むだけのように見えて、帰ろうとする段になってさらに被物を強要する。その求めに応じないと、怒って訴え、侮辱し、あるいは神のお告げにかこつけて主人を呪い脅す。このような乱暴は年を追って新たに生じ、その心中を推し量れば、群盗と変わらない。権勢ある貴い家でさえ少しも憚らないのだから、まして勢力もなく訴える所もない者たちにおいてはなおさらである。これを糺さないで、どうして国の法と言えようか。願わくは厳しく所管の役所に命じて、一切禁止されたい。もし犯す者があれば、蔭位や贖銅による減免を論じず、髪を剃り首枷をはめる刑に処せ。ただし五位以上、および六位以下で笏を持つ者は、すべて上の条のとおりにせよ。また知りながら見逃して糺さない者には、必ず違勅の罪を科す。もし取り押さえられなければ、その名を記録して所管の役所に届け出よ』」と見える。このような類いのことは、当時もあったのだなあ。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 神社修造の勅命同じ紀に、貞観六年六月廿七日辛亥、勅して曰く、去年七月廿五日、五畿并びに伊賀・伊勢・志摩・遠江・相模・上総等の国に頒ち下す、云う。国家を鎮護し、災害を消伏するは、尤もこれ神祇を敬い、祭礼を欽むの致す所なり。是を以て格制頻りに下し、警告慇懃なり。今諸国の牧宰、制旨を慎まず、専ら神主・禰宜・祝等に任せ、神社をして破損し、祭礼疎慢ならしむ、神明是に由りて祟りを発し、国家此を以て災いを招く。今神社をして一時に新たに華飾を加えしめんと欲するに、而るに月を経年を踰えて、未だ修造有らず、宜しく早く修飾を加え、重意を致すこと勿かるべし。
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『玉勝間』十三の巻 諸国小社の祢宜祝の事貞観十年六月廿八日の格に、天長二年十二月甲子の符に偁く、承前の例、諸国の小社、或いは祝を置きて禰宜無く、或いは禰宜祝並べ置く、旧例紛謬し、准拠定まる無し。加之或る国は独り女祝を置きて、永くその祭を主らしむ。右大臣宣旨す、今より以後、禰宜祝並べ置く社は、女を以て禰宜と為せ。但し先に置く者は、その身を終えしめよ者また三代実録に、貞観七年五月廿五日、是の日制す。五畿七道の諸神社の祝部、白丁を補するを停む。八位已上、及び年六十已上の人を以てこれに充てよ。先に是れ置く者は、その身を終えしめ、今より以後、立てて恒例と為せ。
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『玉勝間』二の巻 御即位後奉幣諸神祝詞小右記の、長和五年のところに云わく、御即位の後、天下の諸神に奉幣する祝詞。天皇が詔旨と、皇神等の広前に、称辞言え奉り申し給わく、高天原に神留まり坐す、皇親神漏伎神漏美の命以ちて、事寄さし給える、豊葦原の瑞穂の国の、天つ日嗣の高御座の次次、去る四月廿八日より食国天下の政を聞こし食すに依りて、その状を申し給うと、散位正六位上大中臣朝臣高邦を、差し使わして、礼代の幣帛を捧げ持たしめ奉り給う、天皇が御命を、申し給わくと申す。今案ずるに、件の文は祝詞なり、宣命に非ず、とあり。称辞言奉申給は、言の字は竟の誤りなるべし。言の字あまりて、竟と云うことたらざればなり。また申と云う言もあまれり、奉申かとも思えど、それも古には例なき事なり。さてまた次次も聞こえず、次隨隨など有りけむが、字の落ちたるなるべし。四月廿八日は、正月廿九日の誤りなり。これらは、善本には然ぞあるべき。そもそも祝詞宣命などの文、中むかしよりこなた、つぎつぎにつたなく成りて、大かた語のととのわで、ことわり聞こえがたき事もおおかるを、こまかにさだする人も無きは、古意にうとく、古言を知らざるが故なり。これらは詞にあやをなせる物にて、古のは皆いとめでたかりしものを、かくのみなおざりに成り行くがうれたさに、今ことのついでに、いささかおどろかし置くなり。
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『玉勝間』十二の巻 いにしへ神事を重くせられし事書紀天智天皇の御巻に、九年三月、山の御井の傍らに於て、諸神の座を敷きて、幣帛を班つ、中臣金の連祝詞を宣る、と見えたり。そのかみ中臣の氏人は、ここら有りつらむに、金の連にしも、祝詞を宣らしめ給えるをもて、古え神事を、いみしく重くせられしほどを知るべし。この連公この時位は、大錦上にて、正四位上にあたれども、そのかみ第二の臣にて、明年正月に、右大臣に任ぜられて、いと重き人にぞ有りける。そもそもこの天皇は、殊にから御心におわしまして、万づにもろこしぶりをならい移されたる御世なりしかども、なお神事のやんごとなかりし事は、かくぞ有りし。
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『玉勝間』七の巻 皇親の禄物を先ッ賤価に売事延暦十八年三月五日の太政官符に曰く、応に皇親の禄、賤価に乞い売るを禁ずべき事、右、案内を検ずるに太政官去る延暦十六年四月廿四日、諸国に下す符に偁く、今より以後、公私の挙銭、宜しく一年を限り、半倍の利を収むべし、年紀を積むと雖も、過ぎて責むることを得ざれてえり、今右大臣宣す、勅を奉るに、聞くならく、王親或いは多禄を募りて、先ず少価を受け、或いは重質を設けて、賤物を貸し乞い、苟も目前を貪りて、後の弊を顧みず、価を報ずるの日、既に倍を過ぐ、これに因りて、所司・豪民、競いて利潤を求め、好みて与借を為し、班禄の日、濫訴繁多なり、今より以後、禄物を売買するに、半倍の利を過ぐることを得ざれ、もし違犯有らば、法に依りて科処せよと見えて、類聚三代格にのれり。古より、かかること有りしなり。今の世に、なべて物する、賄いしおくりなど云うわざ、これに似たる事なり。なお今は、天の下に、かかるたぐいの事多し。
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『玉勝間』一の巻 から国の官神事と喪事とをかね行ふ事周礼と云うから書を見れば、大祝・小祝の官、もろもろの神祇祭祀の事をあづかり掌り、また喪事をもあづかり掌るよし云えり。生きたると死にたると、浄きと穢きとのわき無くして、皇国のこころより見れば、いともいとも穢らわしき国俗なりけり。
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