玉勝間 / 十二の巻 大祓臨時のは建礼門にて有と云ふ事
師の祝詞考、大祓の解、臨時の大祓は、建禮門にてあること、三代實錄に見えたり、と云はれたるを、おのれ後釋に、かの三代實錄なるは、內裏の穢なるによりてこそ、建禮門にては行はれたるなれ、おしなべては、臨時のも、朱雀門にて有しなり、と云へりしも誤なり。後に史どもを見るに、內裏の穢にはあらざるをりも、建禮門にて行はれて、おほかた臨時のは、いつもかの門前にして行はるる例なること、三代實錄四十一の卷に見えたり。
新字:師の祝詞考、大祓の解、臨時の大祓は、建礼門にてあること、三代実録に見えたり、と云はれたるを、おのれ後釈に、かの三代実録なるは、内裏の穢なるによりてこそ、建礼門にては行はれたるなれ、おしなべては、臨時のも、朱雀門にて有しなり、と云へりしも誤なり。後に史どもを見るに、内裏の穢にはあらざるをりも、建礼門にて行はれて、おほかた臨時のは、いつもかの門前にして行はるる例なること、三代実録四十一の巻に見えたり。
書き下し
師の祝詞考、大祓の解に、臨時の大祓は、建礼門にてあること、三代実録に見えたり、と云われたるを、おのれ後釈に、かの三代実録なるは、内裏の穢なるによりてこそ、建礼門にては行われたるなれ、おしなべては、臨時のも、朱雀門にて有りしなり、と云えりしも誤りなり。後に史どもを見るに、内裏の穢にはあらざるおりも、建礼門にて行われて、おおかた臨時のは、いつもかの門前にして行わるる例なること、三代実録四十一の巻に見えたり。
現代語訳
師(賀茂真淵)の『祝詞考』の大祓の解釈で「臨時の大祓は建礼門で行われることが、三代実録に見えている」と言われたのを、私が『大祓詞後釈』で「あの三代実録のものは、内裏の穢れによってこそ建礼門で行われたのであって、一般には臨時のものも朱雀門で行われたのである」と言ったのも誤りである。後に歴史書をいろいろ見ると、内裏の穢れでない時も建礼門で行われていて、だいたい臨時のものはいつもあの門の前で行われる例であることが、三代実録の巻四十一に見えている。
解説
関連する章句
-
『玉勝間』十二の巻 大嘗会の斎場この書の初若菜の巻のはじめに出だせる、中臣の寿詞の中に、大嘗会の斎場とある、会の字は、宮の誤りなるべしと云いて、みやと訓めるはおのれふと心得たがえたるにて、なかなかに誤りなりき。本のままにてよろし。大嘗会の三字を、おおにえと訓むべし。斎場は、別に北野に於て、その地をト定めて、構え造らるる事にて、大嘗宮とは別なり。九月下旬、悠紀・主基二国より齎し参れる、諸の物も人も、まず斎場に詣でて、そこにてくさぐさの事有りて、十一月祭の当日に至りて、斎場より大嘗宮に運び奉る。その行列など、儀式に委しく見えたり。またはじめ二国の斎郡にも、斎場を構えて、物することなれば、ここはその国の斎場を云えるか、はた京の斎場か、いずれにても有るべし。
-
『大祓詞』諸聞食せと宣るうごなわれる親王たち、諸王たち、諸臣たち、百官の人たち、諸々聞こし召せと宣る。天皇が朝廷に仕え奉る、比礼掛くる伴の男、手襁掛くる伴の男、靫負う伴の男、剣佩く伴の男、伴の男の八十伴の男を始めて、官々に仕え奉る人どもの、過ち犯しけむ種々の罪を、今年の六月の晦の大祓に、祓い給い清め給うことを、諸々聞こし召せと宣る。
-
『玉勝間』十の巻 百座ノ祓白川顕広王記に云う、長寛三年六月六日、今日百座の祓。そのかみ早くかくさまのわざも有りしなり。
-
『玉勝間』一の巻 中臣寿詞その中に、上に引きたる左京二条座二座神は、大社の列にだに入り給わざるに、この祭に預かり給うことは、新嘗に殊なる故ある神なるべし。明良志は、理を延べて良志と云えるにて、阿加理なり。事仁は、下の奉仕と云うへ続く辞なり。食倍はみな多倍と訓むべし、給えと云う事なり。さて聞食倍の下に、弖と云う辞を添えて心得べし。天皇明庭の明の字は、朝の誤りなり。禱乎所聞食止は、一本には称辞竟奉良久止と有り、これも悪しからず。さて天忍雲根神云々の事、伊勢の外宮の書どもに、天村雲命の事として記せり。同じ神にやあらむ。さてこの寿詞を申す事は、辰の日豊楽院に幸し、悠紀の帳に御す、神祇官の中臣、賢木を笏に執りそえて、南門より入る。版位につき跪きて、天つ神の寿詞を奏すと、大嘗祭式に見えたり。わすれたり、大嘗会乃斎場とある会の字は、宮を誤れるなるべし
-
『大祓詞』太祝詞事を宣れかく出でば、天つ宮事もちて、大中臣、天つ金木を本打ち切り末打ち断ちて、千座の置座に置き足らわして、天つ菅曾を本刈り断ち末刈り切りて、八針に取り裂きて、天つ祝詞の太祝詞事を宣れ。
-
『玉勝間』二の巻 御即位後奉幣諸神祝詞小右記の、長和五年のところに云わく、御即位の後、天下の諸神に奉幣する祝詞。天皇が詔旨と、皇神等の広前に、称辞言え奉り申し給わく、高天原に神留まり坐す、皇親神漏伎神漏美の命以ちて、事寄さし給える、豊葦原の瑞穂の国の、天つ日嗣の高御座の次次、去る四月廿八日より食国天下の政を聞こし食すに依りて、その状を申し給うと、散位正六位上大中臣朝臣高邦を、差し使わして、礼代の幣帛を捧げ持たしめ奉り給う、天皇が御命を、申し給わくと申す。今案ずるに、件の文は祝詞なり、宣命に非ず、とあり。称辞言奉申給は、言の字は竟の誤りなるべし。言の字あまりて、竟と云うことたらざればなり。また申と云う言もあまれり、奉申かとも思えど、それも古には例なき事なり。さてまた次次も聞こえず、次隨隨など有りけむが、字の落ちたるなるべし。四月廿八日は、正月廿九日の誤りなり。これらは、善本には然ぞあるべき。そもそも祝詞宣命などの文、中むかしよりこなた、つぎつぎにつたなく成りて、大かた語のととのわで、ことわり聞こえがたき事もおおかるを、こまかにさだする人も無きは、古意にうとく、古言を知らざるが故なり。これらは詞にあやをなせる物にて、古のは皆いとめでたかりしものを、かくのみなおざりに成り行くがうれたさに、今ことのついでに、いささかおどろかし置くなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る