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玉勝間 / 一の巻 中臣寿詞

其中に、上に引たる左京二條座二座神は、大社の列にだに入給はざるに、此祭に預かり給ふことは、新嘗に殊なる故ある神なるべし。明良志は、理を延、て良志と云へるにて、阿加理なり。事には、下の奉仕上云ふへ續く辭なり。食倍はみな多倍と訓ょべし、給へと云ふ事なり。さて聞食倍の下に、弖と云ふ辭を添って心得べし。天皇明庭の明ノ字は、朝の誤なり。禱乎所聞食止は、一本には稱辭竟奉良久止と有り、これも惡しからず。さて天忍雲根神云云の事、伊勢の外宮の書どもに、天村雲命の事として記せり。同神にやあらむ。さて此壽詞を申す事は、辰日豐樂院に幸し、悠紀ノ帳に御す、神祇官の中臣、賢木を笏に執そへて、南門より入。版位につき跪て、天ッ神の壽詞を奏すと、大嘗祭式に見えたり。わすれたり、大嘗會乃齋塲とある會ノ字は、宮を誤れるなるべし

新字:其中に、上に引たる左京二条座二座神は、大社の列にだに入給はざるに、此祭に預かり給ふことは、新嘗に殊なる故ある神なるべし。明良志は、理を延、て良志と云へるにて、阿加理なり。事には、下の奉仕上云ふへ続く辞なり。食倍はみな多倍と訓ょべし、給へと云ふ事なり。さて聞食倍の下に、弖と云ふ辞を添って心得べし。天皇明庭の明ノ字は、朝の誤なり。祷乎所聞食止は、一本には称辞竟奉良久止と有り、これも悪しからず。さて天忍雲根神云云の事、伊勢の外宮の書どもに、天村雲命の事として記せり。同神にやあらむ。さて此寿詞を申す事は、辰日豊楽院に幸し、悠紀ノ帳に御す、神祇官の中臣、賢木を笏に執そへて、南門より入。版位につき跪て、天ッ神の寿詞を奏すと、大嘗祭式に見えたり。わすれたり、大嘗会乃斎塲とある会ノ字は、宮を誤れるなるべし

書き下し

その中に、上に引きたる左京二条座二座神は、大社の列にだに入り給わざるに、この祭に預かり給うことは、新嘗に殊なる故ある神なるべし。明良志は、理を延べて良志と云えるにて、阿加理なり。事仁は、下の奉仕と云うへ続く辞なり。食倍はみな多倍と訓むべし、給えと云う事なり。さて聞食倍の下に、弖と云う辞を添えて心得べし。天皇明庭の明の字は、朝の誤りなり。禱乎所聞食止は、一本には称辞竟奉良久止と有り、これも悪しからず。さて天忍雲根神云々の事、伊勢の外宮の書どもに、天村雲命の事として記せり。同じ神にやあらむ。さてこの寿詞を申す事は、辰の日豊楽院に幸し、悠紀の帳に御す、神祇官の中臣、賢木を笏に執りそえて、南門より入る。版位につき跪きて、天つ神の寿詞を奏すと、大嘗祭式に見えたり。わすれたり、大嘗会乃斎場とある会の字は、宮を誤れるなるべし

現代語訳

その中で、上に引いた左京二条に鎮座する二座の神は、大社の列にさえ入っておられないのに、この祭にあずかられるのは、新嘗に特別な由来のある神だからであろう。「明良志」は、理(り)を延ばして良志(らし)と言ったもので、「あかり」である。「事仁」は、下の「奉仕」という語へ続く言葉である。「食倍」はみな「たべ」と読むべきで、「給え」ということである。そして「聞食倍」の下に「て」という言葉を添えて理解すべきである。「天皇明庭」の明の字は朝の誤りである。「禱乎所聞食止」は、ある本には「称辞竟奉良久止」とあり、これも悪くない。さて天忍雲根神のくだりのことは、伊勢の外宮の書物には天村雲命のこととして記している。同じ神であろうか。さてこの寿詞を申し上げることについては、辰の日に天皇が豊楽院に行幸して悠紀の帳にお入りになると、神祇官の中臣が榊を笏に添えて持ち、南門から入る。版位(定められた座)について跪き、天つ神の寿詞を奏上する、と大嘗祭式に見えている。書き忘れていた。「大嘗会乃斎場」とある会の字は、宮を誤ったものであろう。

解説

中臣寿詞をめぐる考証の締めくくりである。宣長は、大社でもない左京二条の二神が相嘗祭にあずかるのは新嘗に深い由来があるからだと推し、残りの語句を片付けていく。「食倍」を「たべ」と読み「給え」の意とするのは、古語の格を知る者ならではの指摘である。天忍雲根神を伊勢外宮の伝えにいう天村雲命と同じ神かと問うのも、断定を避けた言い方だ。そして最後に、この寿詞が大嘗祭の辰の日、豊楽院で中臣が榊を持って奏上するものだという場面を、延喜式から示す。末尾の「わすれたり」の一言には、書き終えてから気づいて付け足す学者の素顔がのぞく。考証は一度で終わらず、気づいた時点で足していくものなのである。

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