玉勝間 / 十二の巻 金銀ほしからぬかほする事
金銀欲しからずと云ふは、例の漢やうの僞リにぞ有ける。學問する人など、好書をせちに得まほしがる物から、金銀は欲しからぬ顏するにて、その僞りはあらはなるをや。いまの世よろづの物、金銀をだに出せば、心にまかせて得らるる物を、好書ほしからむには、などか金銀ほしからざらむ。然は有れども、憚る事無くむさぼる世のならひにくらぶれば僞ながらも、さる類ひは、猶はるかにまさりてぞ有べき。
新字:金銀欲しからずと云ふは、例の漢やうの偽リにぞ有ける。学問する人など、好書をせちに得まほしがる物から、金銀は欲しからぬ顔するにて、その偽りはあらはなるをや。いまの世よろづの物、金銀をだに出せば、心にまかせて得らるる物を、好書ほしからむには、などか金銀ほしからざらむ。然は有れども、憚る事無くむさぼる世のならひにくらぶれば偽ながらも、さる類ひは、猶はるかにまさりてぞ有べき。
書き下し
金銀欲しからずと云うは、例の漢ようの偽りにぞ有りける。学問する人など、好書をせちに得まほしがる物から、金銀は欲しからぬ顔するにて、その偽りはあらわなるをや。いまの世よろずの物、金銀をだに出せば、心にまかせて得らるる物を、好書ほしからむには、などか金銀ほしからざらむ。然は有れども、憚る事無くむさぼる世のならいにくらぶれば偽りながらも、さる類いは、なおはるかにまさりてぞ有るべき。
現代語訳
金銀は欲しくないと言うのは、例の漢風の偽りである。学問をする人などが、良い書物をひどく手に入れたがるくせに、金銀は欲しくない顔をするのだから、その偽りは明らかではないか。今の世は、どんな物でも金銀さえ出せば思いのままに手に入るのだから、良い書物が欲しいなら、どうして金銀が欲しくないことがあろうか。とはいうものの、遠慮なく貪る世の習いに比べれば、偽りではあっても、そういう類いの人のほうが、やはりはるかにまさっているだろう。
解説
関連する章句
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『玉勝間』四の巻 うはべをつくる世のならひうまき物くわまほしく、よききぬ着まほしく、よき家に住ままほしく、宝得ままほしく、人に尊まれまほしく、命ながからまほしくするは、皆人の真心なり。然るにこれらを皆よからぬ事にし、ねがわざるをいみしき事にして、すべてほしからず、ねがわぬ顔する者の、世に多かるは、例のうるさきいつわりなり。また世に先生などあおがるる物知り人、あるいは上人など尊まるる法師など、月花を見ては、あわれとめづる顔すれども、よき女を見ては、目にもかからぬかおして過ぐるは、まことに然るにや。もし月花をあわれと見る情しあらば、ましてよき女には、などか目の移らざらむ。月花はあわれなり、女の色は目にもとまらずと云わんは、人とあらむ者の心にあらず、いみしきいつわりにこそ有りけれ。しかは有れども、万づにうわべを作りかざるは、なべての世のならいにし有れば、これらは、いつわりとて、さしもとがむべきには有らずなん。
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『秘本玉くしげ』下 金銀便利の弊又世上の金銀おほくして便利なれば、人人買まじき無益の物をも買ひ、為まじき無益の事をも為などする故に、おのづから奢を長ずる。これらみな世の困窮の端となること也。なほ又、上下の人ことごとく金銀にのみ目をかくるゆゑに、今の世は武士も百姓も出家も、みな鄙劣なる商人心になりて、世上の風儀も軽薄になる事ぞかし。かくのごとく、世上通用の金銀甚多くして自由便利なるにつきては、其失も甚多けれども、年久しく馴来りたる事なれば、此ならひは俄には改めがたし。不便利なる事すら、久しく馴たるを俄に改めては人の帰服しにくきものなるに、ましてこれは甚便利なる事なるを、今更通用の金銀を減少などしては、当分大にさしつかゆる事など多くして、却て大に失あるべし。且又、金銀通用の筋などは天下のうへの事なれば、いかほど害ある事有とても、一国ぎり私にはいかにともすべきやうなし。
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『秘本玉くしげ』下 金銀の忙しさ其本を尋ぬれば、実には世上通用の金銀甚多くして自由に手まはるから起りて、何事にもこれを用ふるやうになり、次第にはたらきいそがはしくなれるによりて、其多きよりもなほいそがはしき方が勝ゆゑに、得がたくてすくなきやうに思はるる也。さて金銀通用始まりていまだ久しからざりしほどは、多ければますます便利のよろしきのみにて、さのみ其弊はなかりしが、漸漸年代久しくなるにつきては、その弊も多くなれる也。右に申せる如く、世上何事にも是を用ひて取引する事多きままに、其取引の間にて過分の利を得る事多く、或は商人ながら物の交易をもせず、ただ金銀のうへのみを以て世を渡る者もおびただしく、富人は別してこれによりてますます富を重ぬること甚し。
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『秘本玉くしげ』上 下は上にならふ下はとかくに、よき事もあしき事も上にならふものなれば、先上より物事おとさるるだけ落して軽くして見せ玉はゞ、漸漸におのづから御家中も下下の者もそれにならひ、其心に成て、つひには却て華美なる事を笑ふやうにもなるべきこと也。すべて何事にても、心よく帰服してする事にあらざれば、末とほりがたく、永くは行はれぬものなり。さてその下下を心より帰服せしむることは、皆上よりのはからひ仕方によることぞかし。秘本玉くしげ上終。秘本玉くしげ下、本居宣長著。金銀通用は、その法によりて大に得失の有べき也。まづ此金銀といふ物は、上もなき宝にてはあれども、実は飲食の替りにもならず、衣服のかはりにもならず、すべて何の用にも立がたきものなるに、これを通用するは、その何の用にもたたぬ物を以て世中の一切の用を弁じさする仕方なる故に、その仕方によりて得失はある事也。其仕方とは、先づ第一に天下に通用する所、金銀の多少によりて大に得失あるべし。
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