玉勝間 / 十二の巻 物しり人もののことわりを論ずるやう
世のものしり人、人の身のうへ、世の中のことわりなどを、さまざま心高く、いとかしこげには論へども。と云ふもかく云ふも、皆からぶみの趣きにて、その垣内を出る事あたはざるは、いかにぞや。
書き下し
世のものしり人、人の身のうえ、世の中のことわりなどを、さまざま心高く、いとかしこげには論えども、とかく云うもかく云うも、皆からぶみの趣きにて、その垣内を出ずる事あたわざるは、いかにぞや。
現代語訳
世の物知りたちは、人の身の上のことや世の中の道理などを、あれこれと志高く、いかにも賢そうに論じるけれども、ああ言うのもこう言うのも、みな漢籍の趣旨どおりで、その垣根の内を一歩も出ることができないのは、どうしたことか。
解説
世の物知りの議論が、結局は漢籍の枠を出ないことを批判した短い段である。人の生き方や世の道理を賢げに論じても、その考えの型はすべて儒学などの中国の書物から借りたもので、その垣根の内側をぐるぐる回っているにすぎない、と宣長は言う。これは漢意(からごころ)批判の要点を一言で言い当てたものである。宣長のいう漢意とは、中国の書物を読むことそのものではなく、物事を理屈で割り切り、善悪を論じ立てる思考の癖が、知らず知らず身に染みついていることを指す。自分で考えているつもりでも、実は借り物の枠組みで考えているのではないか、という問いである。宣長の主張は当時の儒学への対抗から出たものだが、無自覚な思考の枠への警告として、今も鋭さを失っていない。
関連する章句
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『玉勝間』十四の巻 漢ふみにしるせる事みだりに信ずまじき事世の学者、ことの疑わしきを、から書にしかしか見えたりと云えば、疑わず信ずるはいとおこなり。すべて漢籍、うきたる事、ひがこと、そら言いと多し。その言よきにまどいて、みだりに信ずべきにあらず。
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『玉勝間』一の巻 からごころ漢意とは、漢国のふりを好み、かの国をたふとぶのみを云うにあらず。大かた世の人の、万の事の善悪是非を論い、物の理を定め云うたぐい、すべてみな漢籍の趣なるを云うなり。さるはからぶみを読みたる人のみ、然るにはあらず。書と云う物一つも見たる事無き者までも、同じ事なり。そもからぶみを読まぬ人は、さる心には有るまじきわざなれども、何わざも漢国を善しとして、彼れをまねぶ世のならい、千年にも余りぬれば、おのづからその意世の中にゆきわたりて、人の心の底にそみつきて、つねの地と成れる故に、我はから心もたらずと思い、これはから意にあらず、当然の理なりと思う事も、なお漢意をはなれ難きならいぞかし。そもそも人の心は、皇国も外国も、ことなる事無く、善悪是非に二つ無ければ、別に漢意と云う事、有るべくもあらずと思うは、一わたりさることのようなれど、然か思うもやがてから心なれば、とにかくにこの意は、のぞこりがたき物になむ有りける。人の心の、いづれの国もことなる事無きは、本の真心こそ有れ、からぶみに云える趣は、皆かの国人のこちたきさかしら心もて、いつわりかざりたる事のみ多ければ、真心にあらず。
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『玉勝間』七の巻 唐の国人あだし国ある事を知らざりし事かくてそのよく知れる胡国などは、いたずらに広きのみにして、いといやしく悪ろき国なるを、つねに見しり聞き知りては、他国はいずれも皆、かかる物とのみ思えりしから、何事もただ尊きは、吾ひとりと、みだりにほこれるなり。古あだし国の事を、弘く知らざりし程こそ、さも有らめ、近き世になりて、遠き国々の事も、皆よく知られても、なお古よりの癖を、改むる事無く、今に同じさまに、ほこりおるなるを、皇国にても、学問をもする人は、今は万の国々の事をも、大かた知りたるべきに、なお昔よりの癖にて、もろこし人のみだりごとを信じて、ひたぶるに彼の国を尊みて、何事も皆、彼の国より始まれるように思い、彼の国より外に、国は無きごと心得居るは、いかなるまどいぞや。
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『玉勝間』一の巻 からごころかれが是とする事、実の是にはあらず、非とすること、まことの非にあらざるたぐいも多かれば、善悪是非に二つ無しとも云うべからず。また当然の理とおもいとりたるすじも、漢意の当然の理にこそ有れ、実の当然の理には有らざる事多し。大かたこれらの事、古き書の趣をよくえて、漢意と云う物をさとりぬれば、おのづからいとよく分かるるを、おしなべて世の人の心の地、皆から意なるが故に、それを離れて、さとる事の、いとかたきぞかし。
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『玉勝間』一の巻 もろこしぶみをも読むべき事から国の書をも、いとまのひまには、ずいぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、その外国のふりの悪しき事も知られず。また古書はみな漢文もて書きたれば、かの国ぶりの文も知らでは、学問もことゆきがたければなり。かの国ぶりの、よろづに悪しき事をよくさとりて、皇国だましいだに強くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷う事無し。然れども、かの国ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を尽くしたるように、こまかに論い、よさまに説きなせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどい易きならいなれば、から書見むには、つねにこのことを忘るまじきなり。
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『玉勝間』四の巻 もろこし人の説こちたくくだくだしき事すべてもろこし人の物の論いは、あまりくだくだしくこちたくて、あじきなき徒ら事多し。宋儒の論いを、こちたしとてそしる儒者も多けれど、それもただいささか甚しからぬのみにこそ有れ、然か云う者もなおこちたし。
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