玉勝間 / 十二の巻 きがへ
同ものがたりに、きがへとり寄せて、きかへてと有り。こは着替に設けたる衣の由なり。今の世に衣服すべてきがへと言ふなるは、これより轉りたるなり。
新字:同ものがたりに、きがへとり寄せて、きかへてと有り。こは着替に設けたる衣の由なり。今の世に衣服すべてきがへと言ふなるは、これより転りたるなり。
書き下し
同じものがたりに、きがえとり寄せて、きかえてと有り。こは着替えに設けたる衣の由なり。今の世に衣服すべてきがえと言うなるは、これより転りたるなり。
現代語訳
同じ物語(宇治拾遺物語)に「着替えを取り寄せて、着替えて」とある。これは着替え用に用意した衣という意味である。今の世で衣服すべてを「きがえ」と言うのは、これから転じたものである。
解説
「きがえ」という言葉の意味の移り変わりを記した短い段である。宇治拾遺物語で「きがえ」と言うのは、着替えるために用意しておいた衣、つまり替えの着物のことである。ところが宣長の時代には、衣服一般を指して「きがえ」と言うようになっていた。もとは特定の用途の衣を指した言葉が、意味を広げて衣服全体の呼び名になったというのである。言葉の意味が広がったり狭まったりするのは、どの時代にも起こることで、宣長はその具体例を一つずつ集めていた。今の私たちが「着替え」と言えば再び替えの衣服の意味で使うことを思えば、言葉は行きつ戻りつしながら生きていると言える。今の言葉を古い用例と照らす宣長の習慣がここにも出ている。
関連する章句
-
『玉勝間』十一の巻 ゆかたびら、かたびら浴して着る衣を、俗にゆかたと云うは、同じ物語玉のかざりの巻に、御ゆかたびらと有る、これなり。ついでに云わむ。かたびらとは、今の世には、布の衣をのみ云えど、もとさには有らず。裏なく一重なる物を、何にまれ、かたびらとは云うなり。
-
『玉勝間』六の巻 掛替万のわざに、掛替と云う物あり。これは弓の弦より起これることか、または車の牛より出でたるか。同じ記に、殿下北政所、春日社に参らしめ給う、予召しに依りて、懸替の牛一頭を引き献ずる、と有り。
-
『玉勝間』七の巻 直綴と云ふ衣今の世に、直綴と云う法衣あり。同書延文二年四月のところに、この名見えたり。また同四年四月十五日、公賢の大臣のかしらおろし給う所にも、直衣を脱ぎ、次に法衣を着る、墨染の大直綴なり。その色濃しと見ゆ。
-
『玉勝間』八の巻 きぬかぶりをぬぐ事地蔵の物の中に捨て置きたるを、きと見て、時々、きぬかぶりしたるを、うちぬぎ、かしらを傾ぶけて、すこしすこしうやまいおがみつつ行く時も有けりと、同じふみに見えたり。昔も、きぬかぶりなどは、ぬぐをうやまいとしたりけむ。
-
『玉勝間』十一の巻 中間と云ふものの事永仁三年にしるせる、布衣記と云うふみに、云云若党中間、跡に上下着て召し具す、また中間の事、折烏帽子小結常なり染直垂に大帷を重ね、袴には大口をかさね云云など云えり。然れば中間と云うもの、昔のは、今の世に云うとは、異なるものなりけむ。
-
『玉勝間』八の巻 くらかけこれも同じ物語に、移のくら二十具、鞍かけにかけたりと有り。然ればくらかけと云う物は、もと馬の鞍をかくる具の名なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る