玉勝間 / 十二の巻 名簿、おこたりふみ
いにしへ、物ならふとて、人の弟子になるしるしに、名簿を奉る事、同物語に見ゆ。名簿におこたりぶみ添へて出だす、なども見えたり。おこたりぶみは、怠狀にて、今ノ世にあやまり證文と云ふ物なり。
新字:いにしへ、物ならふとて、人の弟子になるしるしに、名簿を奉る事、同物語に見ゆ。名簿におこたりぶみ添へて出だす、なども見えたり。おこたりぶみは、怠状にて、今ノ世にあやまり証文と云ふ物なり。
書き下し
いにしえ、物ならうとて、人の弟子になるしるしに、名簿を奉る事、同じ物語に見ゆ。名簿におこたりぶみ添えて出だす、なども見えたり。おこたりぶみは、怠状にて、今の世にあやまり証文と云う物なり。
現代語訳
昔、物事を習うために人の弟子になるしるしとして名簿(みょうぶ)を差し出すことが、同じ物語(宇治拾遺物語)に見える。名簿に「おこたりぶみ」を添えて差し出す、ということも見えている。おこたりぶみとは怠状(たいじょう)のことで、今の世で「あやまり証文」という物である。
解説
弟子入りのしるしに「名簿」を差し出す古い作法と、「おこたりぶみ」という言葉を記した段である。名簿は自分の名や官位を書いた札で、これを師や主に差し出すことが臣従や入門の証しとなった。宇治拾遺物語にはその作法とともに、名簿に「おこたりぶみ」を添える場面も見える。おこたりぶみは怠状、つまり過ちを詫びて今後を誓う書き付けで、宣長の時代の「あやまり証文」にあたるという。宣長自身も鈴屋に入門する者から名簿を受け取り、門人録を整えていたから、この作法の古さには特別な関心があったのだろう。師弟の結びつきを形に表す作法が、千年の昔から続いていることを確かめている。約束や謝罪を文書にする習慣は、人の関係を確かなものにしようとする知恵でもある。
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 あやまり証文今の世に、あやまり証文と云う物、むかしは、怠状と云えりき。同じ書に、過状とも見えたり。宇治拾遺物語に、おこたりぶみとも有り。
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『玉勝間』九の巻 みやうぶ武能と云う管絃の上手、一の人の仰せによりて、時光と云う者の弟子になりにゆくとて、みょうぶ書きて、かれが家に行けりと、続世継に見えたり。みょうぶは、名簿と書きて、なづきと云う物なり。物に名付とも書きたり。
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『玉勝間』十の巻 師をとると云ふ事源氏物がたりの紅葉賀の巻に、舞の師どもなど、世になべてならぬをとりつつ、おのおの籠りいてなん習いけると有り。世の言に、師匠をとる、弟子をとると云うも、古き事なりけり。
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『玉勝間』十二の巻 物学びはその道をよくえらびて入そむべき事物まなびに心ざしたらむには、まず師をよく択びて、その立てたるよう、のさまを、よく考えて、従いそむべきわざなり。さとりにぶき人は、更にも云わず、もとより、智とき人といえども、大かた始めに従いそめたるかたに、おのずから心は引かるるわざにて、その道の筋悪ろけれど、悪ろき事をえさとらず。また後にはさとりながらも、年頃のならいは、さすがに捨て難きわざなるに、我とか云う禍神さえ立ちそいて、とにかくにしいごとして、なおその筋をたすけむとする程に、終に善き事はえ物せで、世の限りひがことのみして、身をおうる類いなど、世に多し。かかる類いの人は、つとめて深く学べば、学ぶまにまに、いよいよ悪ろき事のみ盛りになりて、己れまどえるのみならず、世の人をさえにまどわす事ぞかし。かえすがえす始めより、師をよく選ぶべきわざになむ。この事は、うい山ぶみに云うべかりしを、もらしてければ、ここには云うなり。
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『玉勝間』六の巻 書うつし物書く事ふみを写すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがえて、そのあいだなる詞どもを、写し漏らす事、常によく有るわざなり。また一ひらと思いて、二ひら重ねてかえしては、その間の一ひらを、みながら落とすことも有り。これら常に心すべきわざなり。またよく似て、見まがえやすき文字などは、殊にまがうまじく、たしかに書くべきなり。これは写しがきのみにもあらず、おおかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おうなおうな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきおいを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、読み解きがたきが、世に多かる、あじきなきわざなり。常に書きかわす、消息文なども、文字読みがたくては、云いやるすじ、ゆきとおらず、読む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かえさい読めども、ついに読み得ずなどしては、ここ読みがたしと、かえし問わんも、さすがに無体しきようなれば、ただおしはかりに心得ては、事たがいもするぞかし。
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『玉勝間』十二の巻 長持と云ふ物栄華物語若枝の巻に、なかもちからびつのふたに、いとおどろおどろしゅうたたみいれて、うちかさねて、二人などかきて、もてくるも有り、と有り。これ今の世にいう長持と聞えたり。この名うつほの物語にも見えたるを、その巻をわすれたり。
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